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ハルの背中を擦りながらただ静かに涙を受け止めるしかなかった。
しばらくして落ち着いてきた頃合いを見計らい、「とりあえず今日はもう休め」と促す。
ハルは素直にコクンと頷いた。
ベッドで蹲るようにして眠るハルの隣に腰掛けると、「あっちゃん……」と掠れた声で呼ばれる。
「どした?」
「あっちゃんだけは…そばにいてね」
ハルの小さな呟きに、胸がざわついた。
どう返事をすればいいか分からない。
けれど、ハルに触れている掌に微かな温もりを感じた時、確かな想いが溢れ出した。
(守りたい)
ハルの寝顔を眺めながら決意する。
俺にとって、ハルはかけがえのない存在なのだということを。絶対に傷付けさせやしない。
たとえそれがどんな困難であろうとも。
◆◇◆◇
数日後…
二人でつまみを買い、宅飲みをした日の夜
ハルがまた「一緒に寝て欲しい」と頼んできた。
いや、前よりも直球で。
俺に縋るみたいに俺の服の袖をクイッと掴んできて、上目遣いで見上げてくるから不覚にもドキッとした。
「…っ」
酔っているからというのもあるんだろうが、潤んだ瞳は必死で懇願してきている気がした。
「あっちゃんに…そばにいてほしい」
不安げに揺れる瞳が俺を見つめてくる。
「わーった、わかったから…んな顔すんな」
「ほ、ほんと?よかった…」
ハルは心底安心したように微笑んだあと、「じゃあさっそく」と言って布団の中に潜り込んでくる。
鼻をくすぐる甘い香りにドキドキするが、平静を装う。
「おい…」
「ねぇ……あっちゃん、眠るまで、話聞いてくれない…?」
上目遣いの猫撫で声で囁かれてクラッとなった。
俺は言われるままにハルと目線を合わせる。
「……何の話だよ」
「あのね……恋愛のこと、なんだけど」
ハルがぽつりぽつりと語り始める。
「僕って、なんでクズばっかり好きになっちゃうんだろうって思って……」
その言葉は虚空に溶けていくほど儚かった。ハルの瞳は天井の一点を見つめたまま揺れている。
「自分でもわかってるはずなのに、いつも…なんか抜け出せなくて。酷く扱われても…必要としてくれるならって思っちゃって」
細い指が無意識にシーツをぎゅっと掴んだ。
「高校のときもそうだった…あっちゃんが辻くんを殴る事件が起こるまで、辻くんがクズだったってことを見抜けなかった」
ハルの声がかすれた。
「僕…ずっと同じこと繰り返してるのかもって……最近だって、あっちゃんに元カレのことで迷惑かけまくっちゃったし…っ」
喉の奥が詰まるような息継ぎ。
「自分のことも自分で守れないくせに……誰かに必要とされたいって……」
枕に顔を半分埋めたまま、ハルの自嘲的な笑いが漏れる。
「馬鹿だよね……ホント」
震える睫毛が月明かりを帯びて影を落とす。
口を開きかけた俺の視界の端で、ハルがゆっくりと体をこちらに向けた。
「あっちゃん」
弱々しい呼び声。
「あっちゃんは……僕に…呆れたりしたことない…?」
縋るように見上げてくる瞳は幼子のようで。
「呆れる?お前に?」
「うん…」
ハルはそこで一瞬言葉を飲み込んだ。
そして躊躇いがちに続ける。
「あっちゃんのことも……何度か困らせてきたし…でも僕…っ、あっちゃんにだけは幻滅れたくないんだ……っ」
怯えた子供のような眼差し。
「……ハル」
名前を呼ぶと、ハルの肩がビクリと跳ねる。
「…アホか、俺がお前に幻滅するわけねぇだろ」
「……!」
ハルが目を見開く。
揺れる瞳に自分の姿が映っているのが見えた。
気付けば俺の衝動は抑えきれず、ハルの肩を掴み、引き寄せた。
「——ッ」
抗議の声を遮るように唇を押し当てる。
ハルの呼吸が止まる音がした。
柔らかな感触。
甘い唾液の味がした。
理性が飛んだ。
「……んっ!? あっ……ちゃ……?」
戸惑う吐息。
だが俺は離さない。
何度も角度を変えながら深いキスを重ねる。
ハルの身体が硬直するのがわかった。
腕の中で震えている。
でもそれは恐怖というより困惑と僅かな期待の混じった震え。
「や……あっ、ちゃん……」
唇が離れると透明な糸が切れた。
ハルの瞳は潤んでいる。
「これが、俺のお前に対する意思表示だ…覚えとけ」
涙と驚きと……それ以上の熱を孕んでいた。
頬が林檎のように紅潮している。
息遣いが荒い。
「……はっ、わ、悪ぃ」
小さく謝罪する。
でも本当は謝るべきじゃないと思った。
これは衝動ではなく必然なのかもしれない。
ずっと我慢してきた想いが溢れ出しただけだと。
ハルは急な眠気に襲われたのか、御伽噺の白雪姫の如く静かに眠りについたようだった。
月明かりに照らされた横顔が悲しく美しい。
胸の高鳴りが一向に治まらない。
こんなに近くにいるのに、まだ足りないと感じてしまう自分がいた。
(ハル……)
愛しさが込み上げてくる。
言葉では表現できない感情が溢れてくる。
「好きだ」
無意識に零れ落ちる告白。
きっとこいつには、届くことは無い。
◆◇◆◇
翌朝
目が覚めると、ハルは案の定何も覚えていない様子だった
酔って俺の寝床に入ってきたのも、喋ったことも、キスも。
「本当に、なんも覚えてないのかよ?」