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「ったくこのスーツケースの中何入れてんだよ。何でこんなに重いんだよ」
「もう、お兄ちゃんうるさいな。だから来なくていいって言ったでしょ。それはね、スキンケアとか化粧品が入ってるの」
私は兄の翠がブツブツと言いながら引いているスーツケースを奪い取った。
「んなもん向こうで買えばいいだろ」
「肌に合わないの」
そう言うと私は桐生さんの隣に立った。
「搭乗券とパスポートを拝見いたします」
航空会社のチェックインカウンターでパスポートをスタッフの女性に渡す。その私の薬指には婚約指輪とそして結婚指輪が輝いている。
「桐生颯人様と蒼様ですね」
私達はサンフランシスコから帰るとすぐにお兄さんの海斗さんに会いに行った。海斗さんは双子かと思うほど桐生さんに似ていて、彼の奥さん美羽さんと一緒に温かく迎え入れてくれた。
美羽さんは銀行の頭取の娘で海斗さんとはお見合い結婚だっだらしい。でも美羽さんはとてもほのぼのとした上品な人で、海斗さんと共にとても幸せそうだった。海斗さんと桐生さんは歳が近くとても仲が良くて、私達の事や桐生さんの新しい仕事の事をとても喜んでいた。
そしてその後、私達は桐生さんのお母さん、莉華子さんに会いに行った。彼女は歳をとっているもののとても綺麗な人で、桐生さんやお兄さんの綺麗な顔立ちはお母さん譲りに違いない。
彼女自身小さな会社を経営していてとても生き生きして元気のある人だった。そんな彼女は自身の結婚生活での辛い経験から、桐生さんには必ず私を大切にするようにと言っていた。そして私には桐生さんを支え、これから先二人で力を合わせて頑張って欲しいと言った。
そして12月の第二週の土曜日、宮崎に飛んで私は家族全員に桐生さんを紹介した。
母は彼を一目で気に入り、顔を赤らめながらひたすら彼に私の子供の頃の話やニューヨークの思い出話をしていた。さすが母娘、好みのタイプが一緒らしい。
桐生さんは私の祖父をとても気に入り、彼に色々と日本での苦労話などを聞いていた。また祖父が若い頃世界中を旅行した話や祖母との馴れ初めを興味深々で聞いていた。
父と兄は基本的に仕事ができる男よりスポーツが出来る男の方を尊敬するタイプで、スポーツの得意な桐生さんはあっという間に彼らに受け入れられた。
三人一緒にサーフィンに行ってすっかり仲良くなってしまい、特に兄と桐生さんは歳が近い事とお互い人懐こい性格もあり、まるで長年の親友のように肩を組みながら海から帰ってきた。
そしてクリスマスの少し前、12月20日、私達は籍を入れた。
桐生さんはサンフランシスコから帰ってすぐ彼の会社を八神さんに託し、新しい会社で働き始めた。そして新年が明けると出張でサンフランシスコに何度も行くようになった。忙しそうにしているがとても楽しそうで、出張中はビデオ電話で色々と仕事の話をしてくれた。
そして先週、4月の第一日曜日、私と桐生さんは小さいながらもとても温かい結婚式をした。桐生さんのお父さんは式だけ出ると帰ってしまったが、お母さんの莉華子さんは私の両親ととても仲良くなり、この夏一緒にサンフランシスコまで訪ねてくることになっている。
そして私はというと、結婚と共に会社を辞め、在宅でも出来る翻訳の仕事を始めた。彼の出張に時々ついて行くためで、今回彼の長期出張に初めてついて行く事になる。
私達が滞在する場所は以前感謝祭でお邪魔したケイラブの家で、結局桐生さんはあの家を本当に買ってしまった。
彼は以前興味本位で投資の為に買ったタウンハウスがここサンフランシスコにあって、それが地価の高騰でかなりの値になっていたらしい。それを売却して、それを元にあの家を買った。
「お荷物はこれだけですか?何か危険物など入っていないですか?」
「はい、それだけです。危険物は入ってません」
スタッフの質問に答えると、丁度隣で同じ様にチェックインしている男性の持っている週刊誌をちらりと見た。その表紙には結城さんと大物政治家の息子との結婚が一面を飾っている。
このニュースは私と桐生さんが結婚式を挙げた三日後に大々的に報道された。彼女のお相手は代々政治家で中には前総理大臣もいる家系の若手政治家だ。しかも彼はとてもイケメンで、今回結城さんとの結婚は家柄も何もかもお似合いの美男美女の大物カップルとして今とても騒がれている。
丁度結婚式も終わり今回の出張の為荷造りをしながらテレビを見ていた私は、驚いてこのニュースを食い入るように見つめた。しかし桐生さんはクククっと笑うと「あいつに合ってるんじゃないか?」と言っただけだった。
「じゃ、気をつけてな。俺も再来週そっち行くから一緒にウィンドサーフィン行こうぜ。実は調べたんだ。そしたら少し南のサンホゼ辺りにできる場所があるんだ」
「いいな。一緒にギアを見に行こう。実はいい店をこの間見つけたんだ」
国際線出発口の前でそう言いながら兄と桐生さんはがっちりと別れの握手を交わした。
兄の翠は何とMelioraの日本支社で働く事になった。彼はとにかく人懐っこい人で会話を弾ませ取引する事がとても上手い。
前の会社でも営業がトップ成績だった事と、英語も流暢に話せニューヨークで数年働いた経験があることから、桐生さんがこの会社を勧めこの四月から働く事になった。そして再来週サンフランシスコに研修で来る事になっている。
「蒼、お前の家に泊まるからゲストルーム用意しておけよ」
「はぁ!?何で?ホテルに泊まってよ」
新婚で桐生さんとイチャイチャする予定だったので思わず憤る。
「俺ホテル嫌いなんだよ。だって誰が寝たかわからない枕で寝れるか?何となくいつも変な臭いするし嫌なんだよ」
「だったら自分の枕持っていけばいいじゃん」
「そんな荷物になる物無理。たったの五日だろ。ケチくさい事言うなよ」
そう言い残して手を上げて立ち去る兄を憤慨したまま睨んでいると、桐生さんが私を抱き寄せ耳に囁いた。
「大丈夫。ゲストルームから俺たちの寝室までかなり距離があるから、蒼が声出しても聞こえないから。それにいいワインも沢山買ってある。それ飲ませて寝せればいいだろ」
そう言って兄に微笑んで手を振った桐生さんは「そろそろ行こう」と言って私に向き直った。
「蒼、俺と一緒に新しい事にチャレンジする気はあるか?」
桐生さんは微笑んで私に手を伸ばした。
昔彼が私に色々な事に挑戦してほしいと言った記憶が蘇ってくる。彼がまたどんな世界を見せてくれるのだろうと思うと心が弾む。私は微笑んで彼の手をとった。
「もちろんです」
桐生さんは嬉しそうに私を見つめると指を絡めた。そうして私達は手を繋ぎながら出発ゲートへと歩き出した。
✼••┈┈┈┈ The End ┈┈┈┈┈••✼