テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
FORSAKENの過酷な戦いが嘘のように、夜の神殿は本来であれば静謐な静寂に包まれるはずの時間帯であった。
時刻は丑三つ時。
重厚な石造りの寝室では、ウェアウルフが分厚い毛布をかぶり、豪快な寝息を立てていた——はずだった。
「……ッ!」
ピクン、とウェアウルフの三角形の大きな耳が跳ね上がる。
次の瞬間、頭上を掠める疾風の音。
バサバサバサッ!
タタタタタッ!!
「あはっ……! ふふっ、抑えられぬ……ッ! 身体が軽く、どこまでも跳べそうにございますにゃあッ!」
犯人はMowlであった。
昼間の紳士的で落ち着いた態度はどこへやら、ネコ科特有の生理現象——真夜中に突然アドレナリンが爆発する「夜間ハイ(運動会)」が到来してしまったのだ。
普段は胸元で綺麗に結ばれている黄色いリボンは解けかけ、大切なモノクルもサイドテーブルに放り出されている。
獣人の姿からフクロウの姿に目まぐるしく変化する。
バサササァッ!!
天井の梁から巨大な石柱へ。
ダダッ!ダダダダッッ!!
そこからウェアウルフのベッドのヘッドボードへ。
縦横無尽に飛び回っていた。
「……おい、Mowl。いい加減にしろ……明日も早いんだぞ……」
ウェアウルフは重い瞼を開け、左の赤目で天を仰ぎながら低い唸り声を漏らした。
寝たい。
心底寝たい。
だが、イヌ科の「動くものを追ってしまう」という本能と、神殿の安全を守る「夜間警備」の習性が、彼の脳内アラートを狂ったように連打していた。
暗闇を縦横無尽に疾走する黒ハチワレの影。
ウェアウルフの右目の眼帯の奥、そして左の赤目が、Mowlのトリッキーな軌道を無意識のうちに「ギラリ」と鋭く追跡してしまう。
「ふははっ! 追いつけまい、ウェアウルフ殿! 今の私めは風! 闇を駆ける一陣の風にございますにゃ!」
「風だか何だか知らねぇが、俺の頭の上で騒ぐんじゃねぇッ!」
ドスッ!
高所から飛び降りたMowlの肉球が、ウェアウルフのみぞおちにジャストミートする。
「ぐはッ……!? て、てめぇ……ッ!」
「はッ!? 申し訳ございませぬ、だが身体が止まりませぬにゃあッ!」
謝りながらも、Mowlの尻尾は興奮でパタパタと激しくベッドを叩き、すぐさま次の石柱へと跳躍しようと後ろ足をピーンと伸ばした。
その瞬間、ウェアウルフの中で「夜間警備(捕獲本能)」のスイッチが完全にONになった。
「逃がすかよ、このバカ猫ッ!!」
ガタアッ!!
ウェアウルフはベッドから飛び起きると、圧倒的な脚力で石床を蹴った。
ネコ科の瞬発力とフクロウの滞空性能を活かして天井近くへ逃れようとするMowlだったが、イヌ科の圧倒的な体格と追跡速度からは逃げきれない。
「にゃうんッ!?」
空中へと跳び上がったMowlの細い腰を、ウェアウルフの巨大で分厚い前脚(手)がガシッと背後から捕獲した。
「捕まえたぜ、暴走ネコちゃんよォッ!」
「に゛っ!? く、離すのですにゃッ! まだ……まだ私めの運動会は前半戦……ッ! 走らねば、走らねば胸のうずきが収まりませぬッ!」
腕の中でジタバタとフクロウの翼を羽ばたかせ、足(肉球)をキックさせて抵抗するMowl。
しかし、体格差は歴然であった。
ウェアウルフは捕獲したMowlを逃がさぬようしっかりと腕の中に抱え込むと、そのままドサリとベッドの上へとなだれ込んだ。
「走るなぁッ! 夜中に暴れ回る悪い猫はこうだッ!」
「ひぐッ!?」
ウルフはベッドに転がり込むや否や、敷いてあった分厚い毛布を力任せに手繰り寄せ、自分とMowlの身体ごとグルグル巻きに巻き上げた。
まるで太い海苔巻きのように毛布で固定され、動きを完全に封じられるMowl。
「な、なんたる強引な……ッ! ウェアウルフ殿、これでは身動きが取れませぬにゃ!」
「身動きを取らせねぇために巻き込んでんだよッ!」
ウェアウルフは逃げ出そうともがく毛布の塊(Mowl)の上から、自身の巨大な身体を「ドスン!」と丸ごと乗っけた。
さらに、太い腕で毛布越しにMowlの胴体をしっかりと抱きかかえ、己の重い顎をMowlの黒ハチワレ猫頭の上に「ポン」と乗せる。
完全なる抱き枕の完成である。
「ぐぬぬぬ……重い……重いにございます、ウルフ殿……ッ!」
「黙れ。朝までおとなしく寝ろ。一歩でも動いたら、次はもっと太い縄で縛り上げるからな」
「うぐぅ……っ」
ウェアウルフの太い腕によって身動きを完全に奪われたMowl。
毛布越しに伝わってくるのは、ウルフの熱と、規則正しく脈打つ鼓動、そしてイヌ科特有の深く温かな体臭だった。
(あ……れ……?)
つい数秒前までアドレナリンが爆発し、神殿を駆け回っていたはずの脳内が、「包まれている」安心感によって、急速にトロンと痺れ始めていく。
ネコ科は本来、狭い場所や密着した温もりの中に閉じ込められると、急速にリラックスしてしまう習性があるのだ。
「ふぁ……あ……っ」
Mowlの口から、可愛らしいあくびが零れ出た。
真っ黒に見開かれていた目がトロンと細められ、へにゃりと力が抜けていく。
「……なんだよ。さっきまでの威勢はどうした」
「う……うぐぐ……ウェアウルフ殿の……体温が……温かすぎて……抗えませぬにゃ……っ」
毛布の中で、Mowlの手(肉球)がすりすりとウェアウルフの腕に擦り寄せられる。
ゴロゴロ……♡
「ハッ……最初から素直に寝てりゃいいんだよ」
ウェアウルフは呆れつつも、左の赤目を細めると、毛布から覗くMowlの黒ハチワレ耳をポンポンと優しく撫でてやった。
「……ウルフ殿……」
「あ?」
「……明日の夜も、捕まえてくださいますか……?」
「知るかバカ。明日は絶対寝てやるよ」
口では吐き捨てつつも、ウルフは抱き枕にしたMowlを逃がさぬようさらにぎゅっと腕を強め、再び豪快な寝息を立て始めるのだった。
夜の神殿に、二頭の静かな寝息と、かすかな「ゴロゴロ」という喉鳴りだけが響いていた。
城プル
11,005
#1x1x1x1
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
1,088
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!