「――しぶといねぇ、新人君よぉ!!」
「く……ッ!!」
再び強い衝撃が、俺の腕に|圧《の》し掛かる。
もう何回、この攻撃を受けただろうか。受けるたびに、相手の実力を痛感してしまう。
まさかこんなところに、こんなヤツが来るなんて――
……咄嗟に距離を空けて、体勢を整える。
あまり遠くまで距離を取ることはできない。後ろの小屋には、アイナ様がいるのだから……。
「はははッ!! 俺の前から一歩も退かないのは上出来だッ!!
……まぁ、そうだろうな。退いた瞬間、お前の主を殺しに行ってやるからなッ!!」
「誰が……させるかよッ!!」
神剣アゼルラディアに力を込めて、目の前の男に斬り掛かる。
しかしそれも剣で受け止められてしまい、なかなか攻撃が届いてくれない。
直撃さえすれば、一気に倒してしまうことも可能だろう。
しかし、何よりもあの剣が邪魔なのだ――
……神剣カルタペズラ。
この世界に存在していた三本の神器のうちのひとつ。
そして、それを振るう……英雄、ディートヘルム!!
……まさかこんなにも早く、英雄と呼ばれる人間が来てしまうだなんて。
それだけ俺たちを邪魔に……いや、神剣アゼルラディアを脅威に感じているのだろうか。
実力としては、俺は完全に負けている。
ディートヘルムには余裕があるが、俺は常に全力だ。
『神竜の卵』によって『レアスキルを獲得』したからとは言え――
……ここまで耐えていられるのは、正直なところ、神剣アゼルラディアの能力によるところが大きかった。
戦いの最中でも傷を癒して、疲労を回復してくれる。
神剣アゼルラディアは長期戦にこそ強い剣だ。今は長期戦にもつれこんでいるから、分は俺の方にあるかもしれない――
……しかし、だからといって決着に直結するわけでも無い。
ディートヘルムはいざとなれば、ここを離れて休むことができる。
加えて、ヤツの後ろには王国軍の騎士や兵士たちが大勢控えている。
俺が小屋から離れてディートヘルムを追い掛ければ、その隙に小屋が狙われてしまうだろう。
……従って、こちらが有利ということはまったく無い。
「――ちっ! まったく新人君は礼儀がなってねぇなぁ!!
『竜王殺し』だもんなぁ!! なってるわけがねぇよなぁッ!!」
剣を切り結ぶ中、ディートヘルムが苛つきながら叫んだ。
「竜王……殺し、だと……!?」
「王族のヤツから聞いたぜ?
お前、この大陸を守護する竜王を殺したんだってな!!」
――ガキィイインッ!!
「くっ……!?」
一際強い衝撃が、神剣アゼルラディアに撃ち込まれる。
竜王殺し――……違う! 光竜王様は、自らの意思で――
「はははっ!! もういい加減、諦めちまえよ!!
お前の慕う魔女も、すぐにぶっ殺してやるからよぉッ!!」
「……魔女!?」
「あいつが関わって以来、ヴェルダクレスは散々だ!!
王族の連中からも早く殺せと、せっつかれているんだよッ!!
……知っているか? あいつらは、お前の主を『魔女』だなんて呼んでいるんだぜッ!!!?」
「黙れッ!! 貴様なんぞに何が分かるッ!!」
「悔しいか!? はははっ、青い青い!!
ケツの青い餓鬼が、神器を持ったからって調子に乗っているんじゃ……ねぇッ!!!!」
――ガキィイインッ!!
組み合った神器同士が強く反発し合う。
この状態を維持するだけでも必死だ。体力も、精神力も、一気に持っていかれてしまう――
「――ッ!?」
しかし突然、ディートヘルムは俺から距離を取った。
そして俺を……いや、俺の後ろを注意深く観察している。
……後ろに、何が?
ブラフか? エミリアさんが出てきたのか? それとも――
「は……はっははは! これはこれは……。
魔女サマ自らのお出ましとは……!!」
「き、貴様……!! その口を――」
言葉の途中で、俺の後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「――……ルーク、ごめんね。
……ありがとう」
――嗚呼。
その声をどれだけ聞きたかったことか。
謝られることなんて、何も無い。お礼を言われることなんて、何も無い。
ただ、その声を聞けるだけで、俺は――
「――アイナ様!! ここは危険です!!
小屋にお戻りください!!」
しかし彼女は、ディートヘルムと対峙する俺の横をそのまま通り過ぎていった。
『……大丈夫だから』
そんな声が、風に乗って聞こえてきた気がする。
いつもと違うアイナ様の雰囲気に、俺の足は一瞬止まってしまった。
「……おやおや? 魔女サマは、もしかして投降されるおつもりですかな?」
「……魔女?
それって、私のこと……?」
「はははっ! そうですとも!! 貴女にぴったりな、名誉ある呼び方でしょう!?
はーっはっはっ!!」
俺の頭に血が上っていく。
何という愚弄だ。アイナ様に、そんな不名誉な呼び方なんて――
「……良いわね。私に、ぴったり」
アイナ様がそう言った瞬間、周囲に バチッ という音が響き渡った。
今のは錬金術……? まさか、ここで何かを――
ドサッ
――俺は自分の目を疑った。
ディートヘルムが突然、その場に倒れてしまったのだ。
それを見て、後ろに控えていた騎士や兵士たちが、ディートヘルムの元に慌てて駆け寄ろうとする。
……誰も彼もが、予想外の展開だった。俺にも、何があったのかは理解できなかった。
しかしアイナ様はそれを気にする様子もなく、地面に突き立っていた神剣カルタペズラに手を触れて――
「……こんなものが。
こんなものがあるから――」
バチィッ!!!!
いつもより、一際大きな音がした。
そして、神剣カルタペズラは光に包まれて――……俺の目の前から消えてしまった。
「……え?」
ザザッ……! ザザザッ……!!
どこかから聞こえてくる、そんな雑音。
この音は、俺たちを追い詰めた『世界の声』の――
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『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣カルタペズラ』が消滅しました。
『世界の記憶』に登録されました。
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――ッ!!!?
まさか……神剣カルタペズラを、消した!!!?
俺が動揺するのと同時に、アイナ様に近付いていた騎士や兵士たちにも動揺が広がった。
その隙に俺はアイナ様の前に飛び出した。……危険なことは、変わっていないのだから。
「神器が、消滅……? ま、まさか……?」
「ディートヘルム様は……死んだのか……?」
「ま、魔女だ……。信じられん……魔女め――」
「――魔女。
良いじゃない。……それ、頂くわ」
「アイナ様……?」
敵の戦意を確認しながら、俺は慎重に後ろを振り向いた。
アイナ様は笑顔……ではあったが、少し困ったように笑っている。
しかし一瞬後、アイナ様は今までにないほどの力強い表情を見せた。
そして、その場の全員に大きな声で言い放った。
「――私はもう、敵対する人間には容赦しない。
私はいくらでも神器を作ってやる。あなたたちの神器なんて消し去ってやる。
誰がトップかは知らないけど、あなたたちの親玉に伝えなさい。私と――……『神器の魔女』と戦うつもりなら、いくらでも掛かってきなさい、ってね!!」
「……て、撤退……!! 撤退ーッ!!!!」
アイナ様の言葉を受けて、騎士の一人がそう叫んだ。
英雄が敗れた今、神器が消滅した今、彼らが撤退を選ぶのも無理はない。
……騎士や兵士たちは一定の陣形を組みながら、速やかにこの場をあとにしていった。
――神器の魔女。
それは恐らく、不名誉な称号。……しかしアイナ様なりに考えて、いろいろなものを飲み込んだ上での結論だったのだろう。
それなら俺も――『竜王殺し』の不名誉を、敢えて被ることにしようか。
俺たちと出会ったからこそ、光竜王様は転生という『終わり』を選んだのだから……。
『神器の魔女』に『竜王殺し』。
何ともお似合いの呼び方だ。
……その名に恥じないように、俺はこれからもアイナ様をお護りしていかなければ――