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――その場から撤退する敵を眺めながら、私はようやく一息つくことができた。
負ける気はしなかったとはいえ、やはり大勢の前で|啖呵《たんか》を切るのは緊張する。
しかも相手は屈強の男たちで、そして大人数だったのだ。
極度の緊張から解放された私は、身体から一気に力が抜けてしまった。
「……っと」
私が体勢を崩したとき、後ろにいたルークが私の身体を支えてくれた。
「アイナ様……」
彼の声は少し潤んではいたけど、いつも通りの彼だった。
いつも通り――……
……また、ここから始めることができるのだろうか。
……また、一緒に始めることができるのだろうか。
「アイナさん!!」
ずっと後ろの小屋から、エミリアさんがよたよたと歩いてきた。
ああ、エミリアさんもずいぶんと泣かせてしまった。
……まだ、泣いてるし。
何はともあれ、二人にはたくさん心配を掛けてしまった。
ここから私は、挽回をしていかないといけない……。
黒い雲に覆われた空は、それでも遠くの方から光の切れ間が見えてきた。
……きっと私たちも同じだ。
もう少しだけ我慢をすれば、きっと明るい未来が待っているはず――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけで、楽しい楽しい昼食の時間です」
「「えっ」」
「……あれ? お腹、空いてますでしょ?」
「いえ、まぁ……」
「そうですが……」
小屋の近くまで戻ってから、私は昼食を提案した。
私が倒れている間、二人はろくな食事をとれていなかったはずなのだ。
何せ食糧は全部、私のアイテムボックスの中に入れていたのだから。
……でもまぁ、二人の気持ちも分かるは分かる。
「正直言って……私、今すごく気まずいんですよ。
ほら……、うん……ね?」
お茶らけた風に言ってはいたが、実際その通りだった。
私は色々としでかした直後だから……そもそも『疫病の迷宮』を創ってから気を失っていたわけで、私の記憶としては、それもついさっきの出来事なのだ。
「……アイナさん。
そんなことを言ったら、涙ボロボロ状態のわたしは? わたしも、気まずいですよ……?」
「ご、ごめんなさい! ……まぁそんなわけで、気分転換に食事にしましょう。
腕を振るっちゃいますよ! ……振るう腕は、そんなに無いですけど」
「あはは……。それでは、わたしもお手伝いしますね……」
「……私は一応、敵が残っていないかを見てきます。
エミリアさん、アイナ様をお願いしますね」
「はい、承りました」
そう言うと、ルークは敵が撤退した方へと走っていった。
「……この流れで、敵がまだ残っていたら凄いような気もしますけど……。
でも、念には念を入れておいた方が良いですもんね」
「……アイナさん。ルークさんは、とっても心配をしていたんですよ」
「え? ……そうですね。
あとで、もっと、ちゃんと謝っておかないと……」
「ああ、もう。そういうことではなくて――」
「え?」
「……ルークさんは少し、一人になりたかったんだと思います」
エミリアさんは、少し困ったような笑顔を向けてくれた。
……また困らせてしまった。……最近、私はこんなのばっかりだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルークが戻ってきたあと、小屋の中の粗末なテーブルに作り立ての料理を並べていく。
張り切って作り過ぎてしまったため、全部を乗せることが出来なかった。
「……そういえば、フィノールの街でお料理自体も買い込んでいたんですよね。
それを無視して、新しく作ってしまった……」
「いえ、嬉しい限りです」
「そ、そう?」
ルークの即答に、私は不意を衝かれた。
「まぁまぁ、ルークさんはアイナさんのお料理に胃袋を掴まれてますから。ね?」
「いやぁ、それって――」
美味しさじゃなくて、私が作るから……って理由だよね?
意味合い的に、胃袋は掴めていない気がする。
「……まぁいいや。
それじゃ、頂きましょう。はい、いただきまーす」
「いただきまーす!」
「いただきまーす」
……全員、疲労と空腹に満ちていた。
何だかんだで食べ始めると夢中になってしまう。
エミリアさんに至っては、食事前のお祈りもしていないくらい――
……あれ? 珍しいというか、そんなの初めて見たかもしれない。
さて、私もずいぶんお腹が空いているし、負けずに食べることにしよう……。
まずは近くのスープを手に取って、ゆっくりと飲んでいく。
作りながら味見をしていたから、承知している味ではあるんだけど……食卓を囲みながらというのは、やはり落ち着くというものだ。
あまりたくさんは食べられないと思うけど、それでもこれからのために、無理をしてでも詰め込んでおかないと。
……目の前の二人も、現在進行形で詰め込み中だ。
凄い食べっぷり。足りなくなったら、早々に補充してあげよう。
幸いにしてお料理は作り過ぎちゃったし――って、作り過ぎということはあり得ないか。
何と言っても、エミリアさんがいるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――案の定、作った分は綺麗に無くなってしまった。
MVPは当然のことながらエミリアさんだ。……ルークも頑張ったが、一歩も二歩も三歩も足りなかった。
「はぁ……、落ち着きました……。
やっぱりアイナさんは凄いですね」
「え、何がですか?」
「いやいや、やっぱりこういう局面ではその働きが凄くて」
「あはは。私は裏方特化ですからね」
「……裏方……」
私の言葉を聞いて、ルークが小さく漏らした。
……ああ、もうそんなことは無いのか。さっきなんて私が、英雄やら騎士やらを追っ払ってしまったし――
エミリアさんの方を見てみれば、彼女も同じことに気付いたようだった。
二人からはなかなか聞き辛いとは思うし、私もいろいろと話をしなければいけないか……。
……それに、私からも聞きたいことはある。
ルークは、神剣カルタペズラを持った英雄と渡り合っていた。
……ということは、先日の呪いはもう大丈夫になったのだろうか。
さすがに呪われたまま、対等に渡り合えたとは思えないし……。
……ただ、やはりまだ気まずい空気はある。
気まずいというか……すぐに素直になれないというか、まともに二人の顔が見れないというか、心の整理が必要というか……。
今の時間は14時くらい。
敵もすぐには戻ってこないだろうし、今日は体力の回復に専念して、明日ここを発つことにしよう。
……それなら時間はまだある。
タイミングを見て、今日のどこかで話を切り出そう。
どう切り出すかは、ちょっと一人で考えることにしようかな。
「――それじゃ、私は片付けをしてきますね」
「わたしも手伝います!」
「それでは、私も」
「むむ……」
残念ながら、私は一人の時間を作ることに失敗してしまった。
……いや、残念なわけも無いか。
最近失っていた、ただの日常。
そんなただの日常が、身近にあるだけでとても嬉しかった。
――……って、まだまだ気まずいんだけどね。