今日は以前のように緊張することも、落ち着かないといったことも特になかった。今回で2度目というのもあったけど、荻野さんの時とは明らかに違っていた。マナの相手の名前も職業も顔も知っていた。ある程度はゆずきから聞いていたし、俺自身でもネットから情報収集はしていた。だからと言って、その男がどんなに素晴らしい人間だろうが、俺はその男に対して好意的に接することは出来ない。そいつはマナの何も知らない。マナの過去も、荻野さんとのことも、俺とマナのことも何も知らない。それなのに、そいつはマナの人生のほんの一握りしか知らないくせに、ほんの一握りを知ったに過ぎないのにマナの心を奪い付き合っている。マナがツラい時、悲しい時、死にたい程苦しんでいる時、傍で支えてきたのはこの俺だ。高校の時から1番近くで見守り、好きでいたのはこの俺だ。だからその男を許せない。会いたくもないし話もしたくない。でも――
《今日連れてく人なんだけど、悪い人じゃないけど、物事をハッキリ言うから圭ちゃんを怒らせるかもしれない。許してあげてね。それに誤解されやすい人だから仲の良い人もいないから圭ちゃんには仲良くして欲しいの》
そんなメールがマナから送られてきたので、素っ気ない態度をとる訳にはいかなくなってしまった。そして、ソファーでくつろぎながら、マナの相手とどう接したらいいか迷っていた。
ピーンポーン――
玄関のインターホンが鳴った。時計を見ると、時刻はあと5分で13時になろうとしていた。
ピーンポーン――
ピーンポーン――
ピーンポーン――
何者かがイタズラにインターホンを連打し始めたので、俺は慌ててインターホンの受話器を手に取り、直ぐに行くと伝えた。そして洗面所の鏡の前で身なりを整えると玄関に出迎えに行った。ドアを開けると――。
「圭ちゃん、遅いよ! 何やってるの!」
「〝何やってるの?〟じゃないからな! こっちだって暇じゃないんだよ! お前が会って欲しい人がいるって言うから嫌々だけど待ってたんじゃないか!」
あっ!? しまった――。
マナの言葉にカッとなって、つい余計なことを口走ってしまった。
「けっ、圭ちゃん――」
「初めまして、世良将生といいます。ヨロシク!」
気まずい空気が立ち込めていると、マナの後ろに身をめていた男が姿を現して俺に挨拶をしてきた。そして握手を求めてきた。態度が気にいらなかった。普通ならこんな奴と握手する義理などないけど、視界の片隅にマナが写り込んでしまい、あのメールを思い出してしまった。
「明石圭太です。よろしくお願いします」
視線を合わせることなく差し出された手を握り返し挨拶をした。マナのために我慢するしかなかった。それから部屋に上がってもらい、リビングに通した。そして、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーとコンビニで買ってきたお茶菓子をテーブルに並べていると、妙な視線を感じた。
「何だよ?」
「何でもない。ありがと!」
俺が嫌々だったのにもかかわらず、意外にも協力的だったので、ビックリしたのと同時に嬉しかったのだろう。そしてマナの隣に世良将生が座り、テーブルを挟んで正面に俺が座った。
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