テラーノベル
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卵の殻を食したような感触
びり、と痛みを伴い 背を伝う冷たい汗
口の中に微かに広がる鉄の味と
痛む下腹部を紛らわせるように薬を飲んで
物寂しい部屋に付け放ったテレビからは
近頃流行っている人形の話題が流れ
『 抽選外れちゃうよねー… 』
心底 分かりきっていた落選結果の通告に
覚悟していたはずの悔しさを感じた。
分かっている。
何も出来てないって、分かってる。
けど やっぱり
何も出来ないできぞこないの方が
この世は生きやすく出来ていると思う。
優等生は
いつも付き纏う期待の怨霊に答えながら
少しの間違いも認められない気がして
それに比べ劣等生は
皆から一目置かれ放られて
少しの間違いは当たり前として処理される。
きっと私は できぞこないなんかじゃない。
だからこそ辛くなる。
当たり前になにも出来ない世界なら
きっと、もっと、楽に生きられた。
『 あー…旦那ですか? 』
いつからか作り笑いも慣れてしまった。
慣れてしまいたくなかった。
慣れてしまえば、もう。
『 実は、数年前に他界していて 』
君の好きな私は存在しなくなって
きっと、君は私のことが嫌いになる。
『 いえ、謝らないでください 』
『 伝えてなかったのは私ですから 』
それでも
君のいない世界で
私は笑い方を忘れてしまっていた。
それでも
ちっぽけな世界で君のことが好きな私に
いつまでも酔いしれていた。
きっとそうだった、それだけだったと思う。
布団に広がる 色とりどりの花々。
大きなものから小さなものまで
それはどれも微かに朱を含んでいた。
その中で一際、大きく可憐な花を見つけた。
端だけが淡く朱に染まった白銀の百合。
どうしようもなく、端正で綺麗だった。
少しだけ口元に残る涎を拭き取り
乾いた唇に潤いを与える。
『 …はぁ、 』
洗面所の鏡を見つめると
生気を失いつつある 色の薄い顔。
『 きみは、嫌いかな 』
こんなわたし、嫌いかな。
そんなはずはないのにね。
そんなことを考えていると
頬に一雫の星が流れた。
重りを着けたかのように重い足を動かして
街の中でも一際大きな病院へ向かった。
ナースセンターに向かう。
周辺の掲示板には様々な掲載物が並ぶ。
” 少しの異変が命取り ”
” 予防接種を受けよう! ”
” 16歳までの予防接種で、命は助かる。 ”
” 臓器ドナー募集 ”
” 都内唯一、奇病治療専門医 多数 ”
” 15種のアレルギー検査が最短5分で! ”
それに目を向ける訳でもなく
ただ、名前と要件を伝える。
『 花咲 乃都夏です 』
『 蘇芳先生いらっしゃいますか? 』
[ あぁ、直ぐお呼びしますね ]
[ お掛けになってお待ちください。 ]
恐らく鉄製の長方形に滞る薬品の匂い
点滴を運びながら彷徨く患者もいる。
いつもの光景じゃないか。
今更、私は
何に心を動かされているんだろう。
” 嘔吐中枢花被性疾患 ”
そう記されたカルテを持ってきて
新調された白衣を纏った医師が問う。
「 最近_ 」
『 …あの 』
声が被さり、少しの沈黙が診察室を抜ける。
「 どうされましたか? 」
こちらも作り笑顔であろう笑みを私に向け
パソコンを打つ手をぱたりと止めた。
『 私、死んじゃうんですかね 』
自分でも予想していなかった、
唐突に口から発された言葉に双方驚くと
少し大きく目を見開き、
ほんの数秒何かを考えた彼は
「 必ず、治りますから 」
また柔らかい仮面を貼り付けて
首を傾げて微笑んだ。
「 では、最近何か変わったことは? 」
『 花を_ 』
今朝の出来事を少しずつ
朧げから掬うように、淡々と言葉を紡ぐ。
『 花を、吐きました。 』
『 白銀の、大きな百合の花を 』
「 ! 」
今度は画面を被り直さずに
驚いたままの表情の彼はまた問いかける。
「 ですが旦那様は… 」
『 はい、なので私、おかしいんです 』
「 何がともあれ、完治はもうすぐです 」
「 今日は少し検査をしてみましょうか 」
『 …あと、 』
「 どうされましたか? 」
『 鉱石が、落ちました。 』
ジップロックに入れた今朝の鉱石を見せ
彼は大きなパソコンに何かを打ち込む。
ちらりと見えた11文字の言葉。
” 急性身体鉱石開花症候群 ”
「 …なんで、 」
初めて見る彼の表情に
なんとなく、事の重大さを知る。
「 百合を吐いたってことは、 」
「 もう片想いじゃないはずなのに… 」
『 これ、どうしたら治るんですか…? 』
「 想い人に、告白されること… 」
「 ですが、既に他界しているし… 」
発病条件は
” 両片想いに気付かず恋を諦める。 ”
嘔吐中枢花被性疾患で
もう両想いになったはずなのに。
いつしかの思い出が蘇る。
君が、まだ生きていた頃のもの。
「 乃都夏 」
「 飯、まだ? 」
愛情表現なんてなかった君に
私はどうしてか、深く恋に落ちていた。
『 あ… 』
『 ごめ、今から作るね 』
殴られても蹴られても
私はどうしてか、不覚にも恋に落ちていた。
きっと片想いだった。
君には他の女の子がいた。
それでも、私と結婚してくれたから。
君も私を好きだと信じて
ずっと、信じて好きでいた。
のに。
「 乃都夏 」
いつもより柔らかかった私の名前を呼ぶ声は
「 花咲、乃都夏 」
その声と共に 、頭に優しく手を下ろした。
『 なあに、どうしたの 』
その時の君の顔を
私はもう覚えていない。
その時から、きっと
私は君のことを好きじゃなくなった。
私を殴るあの骨張った手が好きだった。
優しい君なんて嫌いだった。
本当はわかっていた。
君のことは今でも嫌いだと、
優しいままの君なんて大嫌いだと。
だから、きっと両想いなんかじゃない。
この真相を知るのはきっと、わたしだけ。
【 後書 】
昔大好きだった奇病のリメイク版です
この先の結末は正解があります
考えてみてね
「 乃都夏の想い人は誰なのか。 」
が大ヒントです
コメント
6件
奇 病 も 表 現 も 凄 く 好 き 先 生 の こ と 好 き な の か な っ て 思 っ ち ゃ っ た . . 実 ら な い 恋 、 そ の 人 は 悲 し い か も だ け ど 好 き な 私 が 居 る
思うと願うをかけてるところとかだいすき!!!💌💗🥲 のどかちゃんの想い人か、誰なんだろうね。旦那様のことがほんとに好きだったのかな。でも暴力を振っていたような表現があったけどのどかちゃんは嫌がってなかったよね。旦那様はほんとに他界したのかな?のどかちゃんの妄想だったりしない?想像すればするほど膨らんでいってきりがないよ。
奇病モノ……!?!バカクソ好みなので嬉しすぎてすっごい心がほかほかです……💕 やっぱお~が先輩の表現好きだな~と、改めて再確認しました…… 実らない恋……いいですよね✨