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『まもなく流山(ながれやま)おおたかの森 流山おおたかの森お出口は左側です。 流山おおたかの森の次は守谷(もりや)に止まります。 流山セントラルパーク・東武アーバンパ――――』
つくばエクスプレスの車窓から、コユキは間近に迫るおおたかの森SCの威容(いよう)を目にしていた。
コユキにとってこの駅は馴染み深いものであった。
電車は駅へと滑るように到着し、東京方面から乗車したお客達をホームに吐き出し、新たにつくばへ向かう人々を飲み込んでいく。
その姿を何気無く見ながら、コユキは最初にこの地を訪れた日のことを思い出していた。
もう十数年も前の事である。
まだコユキは二十代後半、アラサーの仲間入りしたばかりの頃だった。
現在と同様、無職のコユキは、若者の面影を残しつつ、可愛らしく引き篭もり生活に勤(いそ)しんでいたものだ。
短大で否応(いやおう)無く購入させられて以来、頑張って動いてきたアイマックが、遂にお亡くなりになった事で、一日の殆(ほとん)どをテレビ鑑賞に当てていた時期であった。
今であれば、編み物に熱中したり、妄想力を駆使して一人ゲヘラゲヘラほくそ笑んでみたり、時間の過ごし方も多岐(たき)に渡る。
しかし、当時のコユキのニートスキルは低く、オールドメディアに頼る外無かったのである。
家族の集まる居間では余りにも居心地が悪かったため、比較的優しかった、祖父母の部屋のテレビを見ていた事を覚えている。
仕事の合間に部屋に戻ってくる祖父に、
「パソコン買ってくれれば、仕事探すのに便利なんだよ……」
と、口から出まかせを言って、ニューマシンを強請(ゆす)ったのも、この時期であった。
その日も、祖父母が農地に出かけた後、祖父がおつまみ用に隠し持っていた、ビーフジャーキーやアンチョビ、ポテチを勝手に食べながらテレビを眺めていると、衝撃のニュースを耳目(じもく)にする事になったのだ。
当時、新たなベッドタウンとして開発ラッシュの渦中にあった、千葉県柏市、隣接する流山市では、人口爆発の真っ最中であった。
殊(こと)に都心へのアクセスがより迅速であった流山は転入届すら順番待ち、タイミングによっては一ヶ月以上も待つこともあり、社会問題になっている、と報道番組は告げていた。
場面は転回し、比較的落ち着いている『南流山』と比して、大型ショッピングセンターが完成し、急速に都市部からの人口流入が増えている『おおたかの森』を紹介して、この駅周辺に起っている、別種の問題について提起し始めた。
ナレーションやキャスターの人の説明によると、都市部から転居して来た人達は、開発が進む中でも駅に隣接した形で残された、その名も『おおたかの森』という鬱蒼(うっそう)とした森の中の遊歩道を大層好んだそうだ。
自然の植生のみならず、何種かの猛禽類(もうきんるい)を含む種類豊富な鳥類や昆虫は、都会で暮らしてきた人間にとっては、夢の国に迷い込んだ様な錯覚すら与えたのではなかろうか?
子供達は通学の道順にこの森の径(みち)を好んで選び、都会から帰宅した会社員は無意識に自然の中を通って家路についた。
子育てや家事に忙しい主婦達も、癒しを求めるかのように、僅(わず)かな自分の時間を森の散策に当てたのである。
色々な事柄で疲れた人々の一服の清涼剤、『おおたかの森』は新たな住民達から、瞬く間に支持を受ける事に成功したのであった。
ところが、森が人々に愛されるに従って、思いもしなかった問題が浮上したと言うのだ。
あろうことか、不埒(ふらち)な悪漢(あっかん)が、森を通る女子高生、OL、主婦などの女性、更には一部の少年に対して怪(け)しからん行為に及び、日を追う毎(ごと)に被害が増えているとの事だった。
犯人は元々の地元民なのか、流入した住民なのか、はたまた周辺の市町から遠征して来ているのか、皆目見当はつかないと言う。
この不届き者達のせいで、静かで神聖なムードが溢れていた、森の中の空気は一転し、『痴漢に注意』『変質者出没中』『一人歩き厳禁』といった看板が随所に立てられた、殺伐とした雰囲気に変えられてしまったらしい。
周辺に住む女性や子供達も注意するようになったのだが、未だに被害は出続けていると言って特集は締め括(くく)られていた。
視ていたコユキは激しい義憤(ぎふん)に駆られていた。
まさか、現代日本にそんな異常な場所が残されていたとは、と酷いショックを受けたものだ。
アダルトビデオや詳しくは無いが男性用女性用問わず、様々な風俗店だってあるだろうに、捕まって人生終了! そのリスクを考えない人間がいるなんて……
折角、綺麗な町を作り上げて、さあ、これからって時に水を差すにも程があるだろうに。
しばらく何か考えていたコユキだったが、丁度忘れ物を取りに戻って来た祖父に、頼み込んで借りたお金を持って、おおたかの森を目指して出発したのであった。