テラーノベル
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「ねぇナオト……魚って、飛ぶんだよ?」
放課後の図書室で、ノートにうつ伏せになりながらももがつぶやいた。
「パンの次は、魚か?ー」
「だって、テレビで見たもん!トビウオがビュンって!あれ見て思ったの。”私も飛びたい”って……」
「なんだ、トビウオか……」
「いや、魚が飛んだからって飛ぼうとしなくていいだろ」
ナオトはそう言いながらも、ももの目がキラキラしているのを見て、これ以上止めるのは無理だと悟った。
「それでね!思いついたの!魚が飛ぶなら、人間だって飛べるんじゃないかって!」
「無理に決まってんだろ……」
「まぁ、もしできたら、どこに行きたいの?」
「ナオトの心の中っ♡」
「……やっぱバカじゃん」
「バカじゃない!!」
バシン!と机を叩く音が響く図書室。
司書の先生が眉をひそめた。
「月島さん、静かにね……」
「す、すいませんっ…..」
でもそのあとの、ももの小さなつぶやきはナオトには聞こえていた。
「…・でもね、飛びたいんだ。見たことない景色を、ナオトと見たいの」
「・・・・・」
ナオトは黙って窓の外を見た。秋の風に吹かれて木の葉が、まるで魚のように、ふわりと宙を舞っていた。
「ま、俺も一緒に飛んでやるよ。魚じゃなくて、バカにつられてな」
「やったーーー!!って、バカ?!……」
「……」
「バカじゃないってば!」
ももは頬をプクーと膨らませる。
そして、やったー!!の喜びの声がまた、うるさかったのか、
「……こら、月島さん!」
司書の先生が、今度こそ本気で立ち上がった。
「す、すいません!!飛びすぎましたっ!」
「飛ばなくていいから静かにして!!」
図書室の空気が、ピキリと凍る。
けれど、すぐにももは、ちゃっかりナオトの袖を引っ張って。
「……ナオト、外行こう。風、気持ちよさそうだよっ!」
「また怒られて逃げるだけだろ」
「えへへ〜、バレた?」
ナオトはため息をひとつついて、けれどその足は、ももと同じ方向へ向かっていた。
外に出ると、秋の風がふたりの髪をくすぐった。
空には、ひつじ雲がゆっくりと流れている。
「ほら、ナオト。あれ、魚に見えない?」
「
……雲?」
「そう!マグロみたい:」
「いや、マグロ飛ばないから」
「でも見て!あの雲、絶対泳いでるって!」
「空を?」
「そう!だから、私も泳ごうかな、空で!」「……空中水泳?」
「そゆこと!!」
ナオトは頭を抱えたが、それでも笑っていた。
この世界には、ももが想像するような空の魚も、空を泳ぐバカも、本当はどこにもいない。
だけど、ももの笑顔がそうだと言えばーーそうなんだろうな、と思えてしまう。
そんな午後だった。
ふたりは校庭の隅のベンチに腰を下ろし、風に吹かれながら、ぽかんと空を見上げていた。
ももは言った。
「いつかさ、本当に飛べたらいいね。ナオトと、雲の上を、バカみたいに笑いながらさ」「……それ、いま十分バカみたいだよ」
「えっへへ〜」
そのとき、風がもう一度、ふたりのあいだをふわりと通り過ぎた。
ナオトがふと見た空にはーー。
ひとつの雲が、まるで本当に、尾びれを揺らしながら、飛んでいる魚のように見えた。
🐟To be continued…
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