テラーノベル
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教室の窓際、いつもの席。
遥は、机に頬杖をついたまま、教科書のページだけを目でなぞっていた。
内容なんて、何ひとつ頭に入ってこない。
隣では蓮司が気だるげに眠ったふりをしている。
そのくせ、教室中の視線がどこを向いてるかなんて、とっくに把握してる顔だった。
──遠くから、また女子の笑い声がした。
笑ってるのか、嗤ってるのか。
遥にはもう、区別がつかない。
「……」
背中に刺さるような視線。
女子グループの一部が、また遥の方を見て、何かをひそひそと囁いているのがわかる。
意味のないノートをめくるふりをしながら、やり過ごすしかなかった。
そのときだった。
「……なぁ」
斜め後ろから、低い声がした。
一瞬、鼓膜の奥がざわつく。
振り返るまでもなく、誰の声かはわかっていた。
日下部だった。
名前を呼ばれるでもなく、話しかけられるでもない、ただの一言。
それだけで、遥の指先が微かに震えた。
蓮司が、何かに気づいたように小さく口角を上げたのが、視界の端に映る。
「……なんだよ」
小さく、喉の奥で押しつぶすように遥は返す。
「おまえ……」
日下部の声は相変わらず低く、感情の色が見えにくかった。
でも、遥にはわかる。
“何か”を見ている目だった。
“嘘を知っている目”だ。
「……なんでもねぇ」
それだけ言って、日下部は前を向いた。
それだけだった。
それだけなのに──遥の胸の奥で、何かが引っかいた。
(なんだよ……今の)
会話にもなってない。
声をかけられたわけでもない。
でも、それでも──
たったそれだけのことで、「何かが見透かされた気がする」のが、いちばん怖かった。
(見んなよ……)
蓮司の視線は、いつだって「演技」を楽しむような目だった。
女子たちの目は、軽蔑と、薄い嫉妬と、残酷な興味だった。
でも──
日下部だけは、何かを“剥がそうとする”目をしていた。
それが、いちばん──
いちばん、嫌だった。
(だから俺は、演技してんのに)
(──嘘、見抜かれたくなかったのに)
「……遥」
さらに一言。
日下部が、名前を呼んだ。今度は、はっきりと。
遥は、振り返らなかった。
代わりに、蓮司の袖をつまんだ。
蓮司が、気づかないふりをして目を閉じる。
遥は、教室のざわつきのなかに紛れながら、ただじっと机の木目を見つめていた。
(……これ以上、見んなよ)
(見てくるなよ)
そう思ってるはずなのに。
心のどこかで、“また声をかけてくるかもしれない”ことを、
ほんの少しだけ、待っている自分がいることに──
遥は気づかないふりをした。
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