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「……はやちゃん」
気付けば、名前を呼んでいた。
「ん?」
すぐに返事が返ってくる。
振り返ったはやちゃんは、思っていたよりずっと近くにいた。
目が合うと、やわらかく笑う目。
「どうした?」
さっきまで普通に話していたはずなのに。
名前を呼んだ、それだけで。
胸が大きく鳴った。
「……」
あれ?何だっけ。
呼んだのは、自分なのに。
何を言いたかったのか、きれいさっぱり頭から消えていた。
「あ……」
「ん?」
期待するように、首を傾げて、少しだけ目尻が下がる。
そんな小さなことまで目についてしまって、余計に何も考えられなくなる。
「ごめん」
「え?」
「……忘れた」
数秒、沈黙。
それから。
「はは!」
はやちゃんが声を上げて笑った。
「何それ」
「いや、ほんとに」
「呼んどいて?」
「…うん」
情けなさすぎて、自分でも笑うしかない。
「思い出したら教えて」
そう言って、はやちゃんは楽しそうに肩を揺らした。
その笑顔を見ているだけで、また胸の奥が、きゅっと苦しくなる。
もう、本当に意味が分からない。
⸻
恋をすると、周りが見えなくなって、頭が真っ白になってしまうらしい。
そんな話を、昔どこかで聞いたことがある。
そのときは、「そんなわけないじゃん」って笑った。
でも今なら、少しだけ分かる気がする。
名前を呼ぶ。
返事が返ってくる。
それだけで。
言おうと思っていたことまで、全部どこかへ飛んでいってしまう。
⸻
少し離れたところで、そのやり取りを見ていた舜太は、思わず吹き出しそうになった。
またやっとる。
柔太朗が勇斗の名前を呼ぶ。
勇斗が振り返る。
柔太朗が固まる。
ここ数日、それを何回見ただろう。
本人だけや。気付いてへんの。
「……舜太?」
仁人が不思議そうに見る。
「ん?」
「何笑ってんの」
「いやぁ」
口元を押さえながら、小さく肩を揺らす。
「何でもない」
本当は全部分かっている。
でも、今はまだ言わない。
もう少しだけ、この大切な二人が、もがきながら、手探りで確かめ合いながら、自分たちで気付く瞬間を見ていたかった。
ゆっくりゆっくり、自分でも気付かないまま恋に落ちていく、その瞬間を。
それはきっと、誰かに教えられるものじゃないから。
あんり
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あんり
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#YJ
コメント
2件
いやー、もうこれは…柔太朗の「名前呼んだら急に何言いたいか忘れた」ってところ、恋の初期症状すぎて胸がきゅってなったわ。しかもそれを見てる舜太の「本人だけ気付いてへん」のツッコミがまた絶妙で、読んでるこっちも「そうそう!」って思わずうなずいた。名前呼んだだけで頭真っ白になる感じ、すごく丁寧に描かれてて刺さった。ふたりが自分たちで気付く瞬間、見守りたい気持ちめっちゃ分かる🔥