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「ハイ!スーツケース!荷物これで全部?」
「うん、ありがとう洋平君」
洋平がくるみのマンションのエントランスに車を停め、くるみのスーツケースを渡し、優しく言った
「素晴らしいこの週末だった、くるちゃん!君の家族とこんなに楽しい時間を過ごさせてもらって嬉しかった」
「私の方こそお礼を言いたいわ、それからこれ・・・・約束の50万円・・・報酬です」
クルミは肩からさげているポシェットから白封筒を取り出して両手で洋平に差し出した
その封筒を洋平はじっと見つめて小さく首を振った
「金はいらない」
くるみは焦って言った
「ど・・・どうして?そんなこと言わないで受け取って?あなたにはどんなに感謝してもたりないわ」
洋平の反対を聞きもしないで、くるみが封筒を洋平に突きつける
「もしかしたら今はいらないと思っても、あなたは売れない役者さんなんだし、生活が苦しんでしょう?きっと役に立つ時が来るわ」
「金より欲しい物がある」
最初に動いたのは洋平だった。彼はゆっくりとくるみに歩み寄り、距離を縮めた
彼が近づいてくるにつれ、エントランスがだんだん狭くなるように感じた
彼はとても真剣な表情でくるみを見つめている、なんだか脚が震えはじめた
「ほ・・・欲しいものって・・・何?」
ひどい喉頭炎にかかったような声が出た、彼は品定めをするかの様にじっとくるみを見つめる
そっそんな風に私を見つめないで・・・・
洋平はゆっくり近づいてきて、手に持った封筒をくるみの肩から下げているバッグに押し入れた
そしてくるみの背後へ両手を伸ばし、顔を挟むように壁に両手を突いた
くるみは彼の体と腕に挟まれ、まったく動けなくなり背中は冷たい壁に押し付けられた
か・・・壁ドン?
くるみは自分に言い聞かせたヘンなこと考えちゃだめ!絶対になにも考えちゃだめ!
でも、この人はなんていい匂いがするんだろう・・・うちの家の石鹸の香りがこんなにエロティックだとは知らなかった
ああ・・・このままでは絶対に自制をなくしてしまう彼を見つめるのをやめなければ・・・
でもこの瞳が・・・どうしよう・・・信じられないくらいきれいで魅惑的
いま彼はなんて言った?
「な・・・何が欲しいの?・・・洋平君?」
「何だと思う?・・・」
あんなに表情豊かだった彼の顔はこわばり、玄関フォールのオレンジのライトが洋平の顔半分を照らし、残りの半分は闇に黒くなっている
玄関フォールに二人っきり・・・誰か来るかも
そしてくるみは彼が身動き一つせず、じっと自分を見つめている理由を悟った
もはや自分次第なのだ
息を詰め・・・・少し顔を上に向け、そっと目を閉じる・・・・
それが相図のように彼の甘く温かい息が頬にかかったと思った瞬間、頬に彼の唇が触れた
全身に震えが走る
それはごく軽いキスでくるみの頬に・・・
耳に・・・首筋に落ちた
鼓動がドラムロールのように速まる、1ミリも動けないまま、じっと目を閉じる、洋平はくるみの首を唇でなぞるようにキスを続けている
その唇が熱い
ああ・・・・すごく熱い
唇にキスをされたらどうなってしまうのだろう??・・・
きっと、理性が溶けてしまう
そう思ってたらいきなり覆いかぶさるように唇を塞がれた
くるみは彼の上着の襟をしっかりと掴み、つま先立って彼のキスに応じた
長く・・・激しく・・・大仏観光からずっと思い浮かべていたように狂おしく・・・
情熱をこめて・・・とびきりのキスを返した
勢いづいたくるみの口の中で、暴れている洋平の舌は、すべてを焼きつくすような熱いものに変わった
彼のキスは巧みだった、彼の両手が背中を滑り降りていく
唇を合わせたまま、全然離してくれない、大きな両手でギュッとくるみのヒップを掴まれた
くるみは全身で震えていた、手を離せば立っていられないのが分かっていたので、自分の腕を彼の首に回し、しがみついた、支えてくれているのかもしれないけど、それもおぼつかない
彼の硬くて熱いモノがお腹に当たっている、くるみはゾクゾクした
彼に舌を強く吸われた、信じられないことにさっきより良い・・・すごく良い・・・
ひりつくような熱烈なキスにくるみも全力で答えたこんな風に感じたのは人生で初めてだった、キスでこんなに燃え上がるなんて
冷静な所で自分も女だったのだと思ってしまった
ハァ・・・
「ああ・・・どうしよう・・・君を帰せなくなってしまう・・・」
彼はくるみから唇を離し、荒い息をつくと、名残り惜しそうに少しだけ二人の間に空間を作った
そしてくるみの肩に顔をうずめ、頭を冷やそうと何度か深呼吸をしている、それでもなかなか冷静になれないような感じだった
ハァ・・・・
「くそっ・・・僕達はもっとちゃんとしよう・・・そうでなきゃ君のご両親に申し訳ない・・・ 」
フゥ・・・「ちゃんとって?・・・」
くるみの声は砂のようにざらついていた、さっきの「くそっ」は何なんだろう・・・悪態?それとも感激の言葉?
「可愛いくるちゃん・・・次に僕達がキスをする時は、もっと大切な何かに変わっているはずだ」
くるみは混乱して言った
「次?・・・でも・・もうフェイクなファンセごっこは終わりなのよ?私達はもう会うことはないわ?」
口ではそう言いながらも、くるみは洋平にキッパリ否定して欲しかった
「未来の事を予言するのは危険だよ」
洋平はくるみの手を取り、ほんのしばらくそれを自分の頬に当てた
「それじゃ・・・・さよなら・・・くるちゃん 」
「さ・・・さよなら・・・洋平君・・・」
走り去っていく洋平のレクサスを見つめながら、くるみはひどい衝撃を受けていた
自分達はもう会うことも無いと言う、くるみの言葉を彼は打ち消してくれなかった
そして報酬も受け取ってもらえなかった
くるみは自分に言い聞かせた、私の忙しい毎日にロマンスの入り込む余地はない
彼と恋仲になるなんて・・・・きっと悶着の種になるだけだ
彼は日常生活の隅っこにちょっと置いて、週末だけに都合の良い恋人になるような人ではない、愛してしまえば全力で彼を支えたくなるだろう
彼は今は売れない役者だけど、充分成功する要因を持っている人だ
少し寂しいけど・・・・
どう考えても普通の会社員秘書と、夢を追う役者の卵の恋は住む世界が違い過ぎる
妹の結婚式も全て上手く行ったんだから、これでもう心配はなくなった・・・・
そう思い込もうとしたけど、くるみはどうしようもない虚しさに襲われていた
私・・・・洋平君に恋してる・・・・
・:.。.・:.。.
一週間経って彼からは何の連絡もないまま、くるみ自身も彼に何かアピールをする気にもなれなかった、彼とこれ以上何を話せばいいのかもわからなかった
忙しい毎日を過ごしながらも、少しづつ自分の気持ちを整理していると、こんなにも彼の事を気にしている自分を発見した
妹の結婚式で一緒だった、あの二日間で芽生えた洋平への恋心は、日を追うごとにくるみの中で輝く結晶となった
彼と一緒にいると他の誰といるより自分は笑い、幸せを感じていた
生き生きと活気があり、本来の自分でいられた
初めての恋は誰でもたいてい間違った選択をする
今考えてみると誠の最大の魅力は彼が医者で、父の良きパートナーであるという、単純な事実に過ぎなかった
だから彼は理想的な相手だと自分に納得させていたのだ
そして誠には、自分自身が作り上げた幻想の男性像を勝手に当てはめて、それが違うと幻滅しただけなのかもしれない
あの頃の私はまだまだ未熟で、物事を表面的にとらえ、人の本質を見抜く力がなかったのだ
しかし洋平といると、家族が自分に望んでいるような良家の長女で、優等生で、人に献身的な医者や看護師ではなく
情熱的で、色んな事を楽しむのが好きな本当の自分がいることを発見できた
あの二日間で洋平は自分に何よりも素晴らしい贈り物をくれた
そう・・・彼はくるみがありのままの自分であることを許してくれていたのだ
奈良に観光に出かけた時の懐石屋で、出会った男性二人は、彼の事をとても尊敬しているようにも見えたし
まるでくるみ達秘書が取引先の大社長にするような態度を取っていた
決して余計な事は言わず・・・しかし目だけは好機の眼差しで何事も見逃さないのだ
あの人達の事を語る洋平君の話は、何処をとっても理論的で納得がいった
しかし・・・くるみの本能でなぜか、口が上手い彼に、言葉巧みに騙されているような、変な気持ちもぬぐい去ることはできなかった
それでも彼が自分に嘘をつく必要なんてある?
真実の恋に目覚めた今では、くだらないプライドのせいで、家族に嘘をついたことをとても後悔している
あの時の自分は、真実を打ち明ける勇気がなかったけど、今では仕事が忙しくて、ボーイフレンドを見つける時間もエネルギーも無かったと素直になって正直になれる
そしてこんなに家族に対して素直な気持ちになれたのは洋平君のおかげだ、そう思うととても暖かい気持ちになった
ある日くるみが秘書課チームの後輩達と近所のカフェでランチを取っていた時、キンコン♪とくるみのLINEが鳴った
洋平からだった
思わずくるみの心臓が一気に跳ねた
「あれ~~~?くるみ先輩どうしたんですかぁ~?」
「LINE見て赤くなっちゃって~?」
「彼氏ですかぁ~?」
秘書科チームのくるみの後輩三人がニヤニヤしながら見ている
「ちっ・・・違うわよ!私・・・ちょっと・・・・お手洗い」
後輩達にからかわれながらも嫌な気はせず、女性用トイレのメイク直しコーナーの隅っこにもたれ、そっと画面を見る
胸がキュンと高鳴った、洋平からたった一言
―今週会えないかな?―
・:.。.・:.。.
一気にくるみの心が弾んだ、彼も自分に会いたいと思ってくれているのだ
くるみはスマートフォンを両手で胸に抱きしめた
妹の結婚式の為に一緒に過ごした二日間、彼がフェイクなファンセではなく、本当の彼自身に戻る瞬間が何度かあった
そしてあの時に起こった私の怒りまでも、一瞬で笑いに変えてしまうほどの、ユーモアを持ったただ一人の人
驚いたことに真実の彼は、くるみが作り上げたフェイクなフィアンセ(五十嵐渉)よりもずっと魅力的な人だった
そして少しずつくるみの心の防波堤を彼は取り除き、心の中に深く入り込んで来た人
生まれて初めて自分が女であることを思い出させてくれた唯一の男性
やけに自分らしくないが、彼とはハッキリとした結論を求めようと思っているわけではなかった
自分の恋の感情を正直に評価するのはまだ慣れていなかった