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午後のひととき、涼ちゃんが回診のために一時的に病室を離れていた。
その間、いつものように看護師が部屋の掃除をはじめる。
ベッドのシーツを整え、不要な紙くずを捨て、
何気なく書類や日用品が入った引き出しに手を伸ばした。
その中で、小さな箱と何枚かの薬のアルミ包装が目に留まった。
看護師は不審に思い、中身を手に取って確認する。
そこには、元々大量にあったはずの睡眠薬のシートが並び、
その3分の2ほどは錠剤が抜けて空になっていた。
数からして、病院から処方されている量のはずはなかった。
(こんなにたくさん…まさか――)
看護師は小さく息をのみ、気づかれぬように手早く薬をポケットにしまい込んだ。
動揺を顔に出さぬまま、いつも通りに作業を続ける。
部屋を出るとすぐに、迷うことなく主治医のもとへと薬を持って向かう。
白衣のポケットに隠された、空になった睡眠薬のパッケージ。
それがどれほど長い間、誰の目にも触れず隠されていたのか――
主治医の前で慎重に、その事実を明かす看護師の表情は沈痛だった。
「先生、患者さんの引き出しから、これが……」
静かに差し出された薬のシートが、
初めてこの病室の沈黙を破り、何かが大きく変わっていく予感を漂わせていた。
涼ちゃんが診察から戻ると、
部屋の空気がどこか違っているように感じた。
看護師がベッドの傍に立っていた。
手には、あの睡眠薬のビニールパッケージが握られている。
「……これ、なに?」
穏やかだけど、どこか厳しさの混じった声。
涼ちゃんはハッとして、その手元を見た。
パッケージに目を落とす――
けれどそのまま、すぐにまた下を向いてしまう。
言葉は浮かんでこない。
どんな思いがあるのか、口に出す勇気も出ない。
涼ちゃんの手だけが、ムズムズと膝の上で小さく動いていた。
沈黙の中、看護師はしばらく待ったが、
結局、涼ちゃんから返事はなかった。
「もう、こんなことしちゃダメだよ……」
看護師はそう言って、
そっと薬を持ったまま部屋のドアを静かに閉めて出ていった。
涼ちゃんはただベッドに座ったまま、
自分の手元をじっと見つめて動けなかった。
誰にも届かない思いだけが、
静かに胸の奥で揺れていた。