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「ねぇ、凪。すっかり後ろで俺を受け入れられるようになったと思うんだけど」
千紘は凪の側まで近付いてそう言いたかったが、どうにも体が怠くて動かなかった。唯一簡単に動かせる視線だけが2人のやり取りになりそうだった。
「バカ言え。まだ違和感すげぇわ」
「えー、嘘だよ。あんあん言ってたじゃん」
「言ってねぇ」
「じゃあ、気持ちよくなかったの?」
「……」
前回は良いわけねぇだろ! ととんでもない剣幕で憤慨していたというのに、今回はすっかり黙り込んでしまう凪。どうやら凪の方も満更ではなさそうだと思った千紘はようやく口元を緩めた。
「ねぇ凪。付き合おうよ」
「無理だって言ったろ。男は無理なんだよ」
「そこを何とかさぁ。凪も俺とのセックス嫌いじゃないじゃん」
「都合のいい解釈すんなよ」
凪は軽く舌打ちをすると面倒くさそうに顔を歪めた。確かに快感に身を任せてしまったが、千紘が調子に乗るのは面白くないのだ。
「体は素直だったよ? 最中の凪も素直で可愛かった」
「幻覚だろ」
「いやいや、この目でしっかり見た。もう認めて諦めちゃいなよ」
「何をだよ……」
「俺とのセックス最高って」
「お前、嫌い。ホント、嫌い」
凪は重たい重たい体を引きずるようにして、千紘に背を向けた。千紘を受け入れたことを未だに信じたくないのは凪自身なのだ。
こんなにも軽い調子で言われたら、一時でもプライドを捨てた自分が悲しく思えた。
「別に悪いことじゃなくない? 凪が女の子とのセックスに耽ってるのと同じで、俺にとってはその相手が男なだけで。結局のところ、俺と凪のしてることは変わんない」
千紘もなんとか這うように体を動かして、ずりずりと凪に近寄ると、後ろから密着して凪の腹部に腕を回した。
いつもの凪なら勢いよくその腕を振り払ったはず。しかし、それもせずおとなしくしているのは、少しだけ千紘に気を許した証拠に見えた。
「……ほんとに俺とのえっち気持ちよくなかった?」
密着した汗ばんだ肌を感じながら、千紘は鼻先を凪の髪に近付けて言った。むすっと唇を尖らせた凪は、静かに「よくないとは言ってない」と答えた。
眉を持ち上げた千紘は、くしゃっと顔を綻ばせて「凪好きーっ!」と抱きつく腕の力を強めた。
「いって! バカ、力強ぇんだよ!」
ガッと目を見開いて、大声を上げる凪に、千紘は「ごめんごめん」と半笑いで少しだけ腕を緩めた。しかし、嬉しい気持ちが膨らんで仕方がなかった。
「付き合えなくてもさ、時々こうやってしようよ」
千紘が本音を漏らした。今は付き合えなくてもいい。さっきからずっとそう思っている。でも、今できる何かがあるなら、もう少しだけ進展させたい。そう願わずにはいられない。
「なんだよそれ。俺にセフレになれって言ってんの?」
「んー……凪のこと好きだからセフレとは違うかなぁ。俺にとってはね。でもまあ、凪にとってはとりあえず性欲処理として俺の体使ってもいいよってレベルで」
「俺の体使ってもなにも、お前が主導権握りたがるじゃん」
凪は呆れたように顔を千紘に向けた。まだ少し紅潮した頬と、額の汗で張り付いた前髪が色気を放っていた。
千紘は、凪の腹部に回していた腕を上げて、そのまま指先で凪の前髪を左に流した。じっとりと濡れた感触が伝わって、2人の汗が交わり肌を滑らせたことを思い出す。
まだあれから数十分しか経っていないというのに、随分と昔のことのように感じた。
「別に、凪がしたいって言うなら俺の上で動いてもいいんだよ。自分で」
千紘が飄々と言えば、凪は心底嫌そうな顔をしながら「そういうことを言ってんじゃねぇんだよ!」と声を荒らげた。
「はいはい。でも、凪のおねだり聞いてあげたんだから、俺が一方的に主導権握ってるっていうのも言いがかりだけどね」
「何が言いがかりだ。事実だ」
「頑固だねぇ。まあ、凪に主導権握ってもらうのも悪くないけどね」
「……は?」
「その磨き上げたテクニックで俺を攻めてくれるのも興味深い」
ゾクゾクと恍惚の表情を浮かべる千紘の姿を見て、凪の頭の中には千紘の足の間に顔を埋めて奉仕する自分の映像が浮かんだ。
そんな想像をしてしまった凪は、どちらが主導権を握ったところで明らかに自分の方が不利益な気がした。
「テクニックを磨いたのは仕事のためであって、お前のためじゃない。それに、俺のは女限定」
凪が突っぱねるように言えば、千紘は全く気にする様子もなく「残念だなぁ。まあ、じゃあとりあえずは暫く俺からするからいいや」と納得してみせた。
「暫くってなんだよ。するなんて言ってないだろ」
「じゃあ、もうしないの? 二度と俺に抱かれるつもりはないってこと? 今夜限り?」
まるで責めるようにして千紘が早口に言う。プライドも捨てて千紘に体を委ねてしまうほどに夢中になった凪の記憶は新しい。
今夜限りなのかと自問自答すれば、恐らくまた体が疼く時がくるような気がして完全に拒絶はできなかった。
「……俺がしたくなった時だけ限定なら」
凪は頭を抱えるようにして、両腕を頭から被せた。それが照れ隠しのように見えて、千紘はきゅうーっと締め付けられるようだった。
「いい、いい! 全然それでもいい!」
ガバッと体を起こした千紘は、凪の体を見下ろす。いつか凪の方から、今日シたいと言ってくれる日がくるんじゃないかと期待に胸を膨らめた。
凪の腕の隙間から千紘の顔が見えた。子供のように嬉しそうな顔を見たら、なぜかふっと力が抜けた。
なぜこんなにも好かれてしまったのか。凪には理由を聞いてもまるでわからないことだらけだが、重たいほどの執着心は泣いて喚いて束縛しようとする今までの彼女達とも違って見えた。
きっと好きな種類は同じはずなのに、凪が感じる好意はまるで違う。千紘に執着されることに慣れ始めているのか、凪は仕方がないなと軽く口角を上げると、右手は顔を覆ったまま、左手で千紘の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「ばーか、子供かよ」
「ふふ。おれ子供っぽいかな?」
「時々な……」
「凪になら甘えてもいいなぁ」
甘い声で凪に擦り寄る千紘は、美容院で見る姿とは別物だ。きっとこんな千紘の姿を知っているのは自分だけなんだろうと凪は思った。