テラーノベル
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──放課後。
教室には誰もいないはずだった。 そう思っていた。いや、思いたかった。
窓の外は、灰色がかった夕暮れ。教室の空気は淀んでいて、まるでそこだけ時間が止まっているようだった。
遥は机に背を預けて座り、空っぽの視線で前を見ていた。
数分前、蓮司がふざけた調子で笑いながら、首筋に唇を寄せた。 「サービスしとく?」 その言葉の軽さに、いつもなら、無表情でやり過ごすだけで済んだ。何も感じていないふり。 感じる価値もないと、自分に言い聞かせて。
だが、そのとき、教室のドアがわずかに軋む音がした。
──気配。
知っている足音。
遥の全身が強張った。
(やめろ。今じゃない。ここで来るな)
そう叫んでいるのは、心のどこかだった。 でも、もう遅かった。ドアの隙間から、確かに視線が差し込んでいた。
日下部。
何も言わず、ただ、見ていた。
──どうして、そこにいる。
「……ほら、力抜いて」
蓮司の声が、耳元でささやく。 シャツの前が乱される。
「やめ……っ」
反射的に声が出そうになる。だが、それはすぐに喉の奥に押し込められた。
(声を出すな。見られてる。見られてる。見られてる──)
蓮司の指先が鎖骨に触れた。 ひやりとした感触。
(反応するな。何も感じてないふりをしろ。いつものように)
だが、身体は裏切った。 わずかに震え、唇から漏れる息が、熱を帯びる。
視線の端に、日下部の顔があった。 無表情。だが、それは──見透かしていた。
(──終わった)
遥は、何かが崩れる音を聞いた気がした。
そのまま、蓮司は「ふざけ」の延長として、遥の喉元に口づける。痕をつけるように、ゆっくりと、丁寧に。
遥は声を殺して、息を止めた。 目を閉じ、逃げるように意識を内側に向ける。
(信じるな。信じるな。何も信じるな) (助けてほしいなんて、思うな)
──日下部の目が、遥の心の奥底まで届いていた。
そこには、なにもかもがさらされていた。
演技も、嘘も、すべて、 もう──通用しない。
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