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砂原 紗藍
#再会
*
それからは美香さんや白鳥さんに、もし私に会いに来ても報告しないでほしいと告げた。
あまりにひどかったら出禁にしてほしいとまで頼んだ。
どうしても自分から連絡したくなくて、そうするしかなかったのだけど、お店に迷惑かけるなら考えなきゃいけないなって思っていた時だ。
その日は雷注意報が朝から流れていた雨の週末。
美香さんは帰って、休みが取れなかった白鳥さんはようやく予約が途切れたので、ヘアサロンの店長である旦那さんと近くの居酒屋に遅すぎる昼夜ごはん。
私は美里の付け爪を三つ、店に残って作っていた。
「華怜、遅くなってごめんね」
「いらっしゃい、美里」
結婚式の前撮りだった美里が慌ただしくお店に飛び込んできた。
「雷が鳴って外での前撮りができなくなって、時間が押しちゃったの」
「えええ。雷鳴ってるの。やだな」
「私が車で送るよ」
「やった」
「今日はもう終われるの?」
「うん。今日は18時までだから。店長の予約の人が来るけど、店長が戻ったら帰れるよ。美里、こっち色打掛の時の」
赤の色打掛と聞いて、着物の写メを見て柄を合わせてみた。貝殻と蝶のレトロな模様は可愛い。
「えええ。可愛い。これって両面テープでつけるの?」
「えっとね、外れるのが心配なら――」
言い終わらないうちに、雨の音が激しくなった。
ふと顔を上げると、激しくなったのではなく店のドアが開いたからだった。
激しい雨の日。
今にも雷が空を割りそうな暗闇が続く土曜。
「――劉宮さん」
肩を雨で濡らし、差しても意味をなさない傘は水たまりを作って玄関の傘立てに置かれた。
「一矢くん」
最初に立ち上がったのは美里だった。
美里が立ちあがってくれたので、直視せずに済んだ。
静かで淡々とした声で、――声変わりもしている彼の声に面影が感じられなかった。
そもそも声を忘れてしまっていたのかもしれない。
「一矢くん、お願い、帰って。真琴くんに聞いたんでしょ。お願い」
「美里、大丈夫。こう何日も来られてたら迷惑だったし、ちゃんと私が話すよ」
それでも美里は私の前に立ちふさがった。
後悔してくれている。昔、私を守れなかったこと、いじめに加担したこと。
ずっとずっと苦しんで泣いてくれた美里に、私は怒りは沸かなかった。
もちろん、彼のことももう何も思っていなかった。
「で、なんでしょうか?」
立ち上がって、彼を見る。
左目の泣き黒子、二重でアーモンド形の瞳、セットされた髪はぺしゃんこで、少しだけ幼い様子。――けれど、美香さんが驚いていたのは分かる。
テレビや雑誌の中で見るような、整った顔立ち。
「俺と結婚してください」
「……え?」
再会してすぐに彼が私にそう言った。
濡れた髪を振りながら、なんでそんなに簡単に言ってくるのだろうと首を傾げた。
耳を疑う言葉に、彼を見る。が、ふざけている様子ではなく、逆に私の様子を窺っているようだった。
「馬鹿なんでしょうか。仕事の邪魔なので帰っていただきますか?」
会って数秒の、馬鹿馬鹿しいプロポーズ。
私は入り口を指さしながら、怒っていいのか呆れていいのか、怖がっていいのか分からない。
昔好きだった人を見ても、もう感情はなにも湧かないんだなって不思議なだけ。
「あの、予約の方がくるので、本当に邪魔なんですけど」
「一矢くん、お願い。帰ろう、ね?」
美里が腕を引っ張るが、やんわりと手をどけると、彼は私から視線を逸らさなかった。
「……ちょっと考えさせて」
待合室に座って足を組み、目を閉じた彼。
二言しか会話していないのに、会話は成立せずに終わり、そのまま彼はソファの花になった。
「真琴くんに来てもらおうか?」
「んんー。白鳥さんと旦那さんが帰ってきたら全く不安はないよ。でも美里は帰ってまことって人に説教しといて」
梃子でも動かぬという意思が感じられるし、美里のおろおろした様子も申し訳ない。
それに。
彼から、邪な視線が私になかった。
例えると、話しながら胸を見たり、全身をチェックするような、さっき私が彼を値踏みするように眺めたように私を観察する様子がなかった。
下心がないというか、興味なさそうだった。
私が恐怖を感じる、馴れ馴れしい距離感や視線を彼はしない。
それだけで、危険が感じられないので、恐怖はない。
「こんばんわー。来る途中で傘が折れちゃった」