遠くから響く地鳴りと魔物の咆哮は、黄昏南部陣地に居る全ての人々に緊張を走らせた。
「更に信号弾!緑色が三発です!」
監視員が叫ぶのを聞いたシャーリィは直ぐに傍に居た伝令兵を見る。
「今すぐに信号弾を打ち上げてください!色は青!三発です!」
「はっ!」
「シャーリィ、何の合図なんだ?」
ルイスの質問に、シャーリィは彼方を見据えながら答える。
「緑三発は、相手の側面を攻撃すると言う意味です。ですが相手は四百を越える群れ、リナさん達だけでは手に余りますし、何より味方撃ちの危険があります」
「それは勘弁だな」
「だから青三発で返事をしたのです。周囲警戒を継続するようにと」
「良いのか?リナ姐さん達は強いぜ?」
「私達は全力で群を迎え撃たねばなりません。つまり他の警戒が疎かになります。だからそれをリナさん達に任せるのです。なにより、忘れましたか?ルイ。先日私達はその手を使ってリンドバーグを仕留めたのですよ?」
先日行われた陽動作戦を思い出し、苦い顔をするルイス。
「だな。だからアスカも町に残したのか」
「ええ。なにより数日前接触してきた獣人が気になります。だから、アスカは今回お留守番です」
「嬢ちゃん、ワシらはどうすれば良い?魔物相手なら負けんぞ」
シャーリィが振り向くと、斧や剣で武装したドルマンを筆頭としたドワーフチームが居た。
「ドルマンさん達には町の警備とアスカの事を任せたいのです。万が一の時は逃げてくださいね?」
シャーリィの言葉に、ドルマンは不敵な笑みを浮かべる。
「そうはいかん。ここは些か居心地が良すぎるからな。逃げるなど考えもせんことだ。後ろはしっかり護る。お前さんは前だけ見とれ」
「ではお願いします。ここで終わるつもりはありません」
「そうだ、前向きに行こう。今回手に入る素材を考えただけで腕が鳴るわい!」
「そうじゃそうじゃ!」
「アーマーリザードとアーマードボアの素材が四百体分じゃ!夢みたいな環境じゃな!」
ドワーフ達の士気が高まる。
「いつものように素材については全てお任せします。余剰分は売却しますから」
「「「おおーっっ!!」」」
シャーリィの宣言に益々士気を高めたドワーフチームは、武装したまま黄昏の防衛に従事する。
彼らを見送ったシャーリィは、塹壕陣地で前方を見据えながら待機している兵士達に視線を向ける。その塹壕陣地にはエーリカ率いる自警団も剣、槍を片手に息を潜めていた。
「白兵戦は避けたいところですが、無理でしょうね」
「無理だろうな。お嬢も突っ込むんだろう?」
ベルモンドは大剣を抜いたまま笑いながら問いかける。
「その時は先頭に立ちますよ。ベルは反対しますか?」
「護衛としてはな。けど、言っても聞かねぇのは承知してる。俺とルイから離れるな。それが条件だ」
「善処します」
「危なくなったら担いで逃げるからな?シャーリィ」
「その時は俺が殿をやるさ」
「お姉さま!」
和やかな話をしていると、レイミが叫ぶ。視線を南へ向けると、水平線に大きな土煙が見えた。
「砲兵隊射撃用ー意っ!!」
マクベスの号令が響き渡り、砲兵隊が慌ただしく準備を整えていく。
「いよいよ来ましたか。レイミ、怪我をしないように。万が一の時は逃げてください」
「お姉さま!」
「姉として命じます。それだけは譲れません。良いですね?」
珍しく有無を言わせぬ姉の言葉に、レイミはただ頷くことしか出来なかった。
「撃てーっ!!」
マクベスが号令を発した瞬間、凄まじい轟音と共に六門のQF4.5インチ榴弾砲が火を吹く。
撃ち出された砲弾は迫り来る群れの手前に着弾。爆炎を上げた。
「いかん!修正しろ!」
「いいえ!修正は不要です!そのまま第二斉射!」
マクベスが修正を命じるも双眼鏡で観察していたシャーリィはそのまま射撃を継続するように指示を飛ばす。
「はっ!お嬢様の指示通りだ!第二斉射!」
「はっ!装填急げ!」
訓練された動きで砲兵達は素早く次弾を装填する。その背後には『黄昏商会』が緊急で買い付けた大量の砲弾が山積みされていた。
「撃てーっ!!」
再び号令と共に砲弾が轟音と共に吐き出され、先ほどと同じ位置に砲弾が降り注ぐ。そしてそこには、今まさに移動してきた魔物達が迫っていた。
ギャアアアッッ!!!
それは圧巻であった。炸裂した砲弾はアーマーリザードやアーマードボアの巨体を軽々と吹き飛ばし、飛び散った破片は頑丈な鱗を貫いて広範囲の魔物にダメージを与えた。
「「「うおおおーーっ!!」」」
その様を見た暁各員は歓声を挙げる。砲兵は戦場の女神と呼ばれることもあるが、その砲撃は味方を鼓舞して敵の士気を削ぐ効果を遺憾なく発揮した。
しかし、統制が取れない魔物の群れは怯むこと無く前進を続ける。
「砲兵隊は継続射撃!目標は迫ってくる!奴らの手前を狙え!」
砲兵隊は更に慌ただしくなり砲撃を継続する。轟音が鳴り響き、魔物が吹き飛ばされる度に歓声が響き渡るが、双眼鏡で観測しているシャーリィは不満げだ。
「直撃弾とその周囲だけが被害を受けていますが、倒している数はそこまで多くありませんね」
「仕方ありません。より強力な榴弾砲があればまだ戦果を拡大できたとは思いますが、今のQF4.5インチ榴弾砲ではこれが限界でしょう」
姉の不満そうな呟きを聞いたレイミがそれに答える。QF4.5インチ榴弾砲は従来の大砲とは比較にならないほど強力ではあるが、数の少なさと魔物の頑強な鱗が戦果の拡大を妨げていた。
事実爆炎を突き抜けて進む群れは、まるで大地を覆うような数を少しでも減らしたとは思えない勢いで突進してきた。
姉妹は見た目の派手さに比して撃破数が少ないことを見抜いていた。
「となれば本命は射撃戦ですか。百メートル以内ならば有効だとドルマンさんが確約してくれましたが……」
「あの突破力です。鉄条網が何処まで通用するか分かりません。お姉さま、何か策はありませんか?」
「レイミ」
「はい」
「貴女は氷の魔法が得意でしたね。質問します。鉄条網の手前の地面を凍らせることは出来ますか?」
「広範囲を、ですね?可能です。ただ魔力を消費するので白兵戦に支障が出るかもしれません」
「妹が頑張った分は姉が頑張る時です。遠慮無く使ってください」
「分かりました、お姉さま」
「何か考え付いたみたいだな?お嬢」
「止められないなら滑らせるだけです。先頭が横転すれば後続はそれに邪魔をされて速度が落ちるはず。そうすれば射撃の機会が増えて少しでも数を減らせるはずです」
轟音が鳴り響く中、爆炎を見ながらシャーリィは策を考える。だが彼女は覚悟していた。どんなに策を練ろうと、白兵戦は避けられないことを。そして味方の甚大な被害もまた避けられないことを。
シャーリィは憂鬱な気持ちで守備につく皆を見つめながらその時を待っていた。
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