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その少し前。渋谷のスクランブル交差点付近を、二人の男が全力で走っていた。
「ハァ、ハァ……!画面共有届いてる?」
『はい先輩!届いてます!』
イヤホン越しに届く王子谷の叫び。人混みを縫うように走る僕の左手には、白石さんのスマートタグの位置情報を示す「彷徨う赤い点」が映っていた。
「手分けしよう。北——文化村通りの裏路地から回り込んで。僕は南の道玄坂から上がる。挟み撃ちにして、路地を潰す!」
『了解っす! 死んでも見失わないっすよ!』
建物干渉でGPSの位置は10メートル以上ずれることもある。だが、僕はひたすら赤い点に向けて、全力でアスファルトを蹴った。肺が焼ける。脚が重い。
でも、魔王(白石さんの兄)にしごき抜かれたこの筋肉が、この心肺機能が、今この瞬間のためにあったのだとしたら――。
奇跡的に、僕を示す青い点と、彼女を示す赤い点が重なった。
イヤホンから、王子谷の声が割り込む。
「……先輩、いました!?」
「……いたっ!通信、一旦切る!」
視線を上げれば、ラブホテルの入り口で、白石さんの手首を乱暴に掴む男の姿。
その光景が目に飛び込んできた瞬間、僕の中で、何かが切れる音がした。
「……あ? 誰だお前。……あぁ、春川か?」
木島がヘラヘラと笑いながら僕を睨む。ぐったりした彼女を、抱き寄せている。
「キモオタが邪魔すんなよ。今いいところなんだからさ〜」
僕は無言で歩み寄った。怒りのあまり、一歩、踏み出すごとに、これまでジムで培ってきた筋肉のすべてが、爆発的なエネルギーを生成する気がした。
「離せと言ったんだ。……聞こえませんでしたか?」
僕は木島が白石さんを掴んでいるその手首を、上からガシッと鷲掴みにした。
「……っ! っつあああああ!?」
木島の短い悲鳴が上がる。無理もない。魔王に「握力は男の甲斐性だ」とデッドリフトやケーブルカールで徹底的に上腕二頭筋をしごかれてきたのだ。
木島の手の力が緩み、白石さんの腕が解放される。僕は彼女を自分の背中へと、守るように引き寄せた。
「な、なな何すんだよ! 暴力か!? 警察呼ぶぞ!」
僕の予想外の行動に、木島は心底驚き、膝を震わせ始めた。僕は無言でスマホを取り出し、その画面を木島の顔面に突きつけた。
「……警察を呼びたいならどうぞ。彼女を無理やり引きずり込もうとした動画が保存してある。クラウドにも自動同期済み。……これが『証拠品』になるだけですよ」
「……っ、クソっ……!」
木島は捨て台詞を吐く余裕すらなく、逃げるように雑踏へと消えていった。