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花月夜れん
1,212
自転車和尚
518
第一話 「名前のないモンスター」
⸻朝の街。
人間とモンスターが、当たり前のように行き交っている。
店先では、モンスターが荷物を運んでいる。
道端では、子どもたちがモンスターと遊んでいる。
肩に乗せて歩く人。
一緒に買い物をする人。
人とモンスターが、同じ街の中でそれぞれの時間を過ごしている。
誰も、それを不思議には思わない。
この世界では――
人間とモンスターが共に暮らすことが、当たり前だった。
その街を、一人の少年が歩いていた。
名前は、綾瀬架。
人混みの端を、静かに。
前方から楽しそうな声が聞こえてくる。
「見て見て!」
子どもたちがモンスターを囲んでいる。
「今日こいつ、すげーんだぜ!」
「なになに!」
架は、横目でその様子を見た。
しばらくして、視線を前へ戻した。
⸻
人通りが少なくなってきた。
架は、いつもの道を歩いていた。
道端には、小さな花がいくつか咲いている。
その花のそばで――
小さな生き物が、花の匂いを嗅いでいた。
青白い毛。
長い耳。
黄色い瞳。
小さな身体。
架は、特に気に留めることなく、そのまま通り過ぎようとした。
そのとき――
小さな生き物の耳が、ぴくりと動いた。
ふと、顔を上げる。
架と目が合った。
「……」
架の足が止まる。
小さな生き物は、少しだけ首を傾げた。
「……キュ?」
「……?」
架は、その姿をじっと見る。
しばらくして――
架は、そのまま通り過ぎようとした。
けれど――
少しだけ気になった。
架は足を止め、モンスターのそばへ戻った。
しゃがみ込み、目の前の小さなモンスターを見る。
「……」
そして、そっと頭に手を伸ばした。
指先が触れる寸前で――
手が止まった。
「……」
架は何も言わず、手を引いた。
「……じゃあな」
架は歩き出した。
⸻
しばらく歩いて、ふと後ろを見る。
さっきのモンスターが、少し離れたところについてきていた。
「……」
架は足を止める。
モンスターも足を止めた。
「……おれに用か?」
「キュ?」
「……」
架はモンスターを見る。
「何もないなら、どっかいけよ」
「キュ……」
架は前を向き、歩き出す。
しばらくして――
「……」
振り返る。
まだいる。
「……ついてくるな」
モンスターは、少し離れたところから架を見ている。
「……」
架の足が止まる。
「だから……」
一瞬、言葉を止める。
「ついてくるなって言ってんだろ!!」
モンスターが、びくっと身体を震わせる。
「……キュ」
耳が、ゆっくりと伏せられる。
そして、静かに架から離れていった。
「……」
架は、その背中を見つめる。
モンスターの姿が、角の向こうへ消えていく。
⸻
「……」
架はしばらく、その方向を見ていた。
そして、何事もなかったように歩き出す。
――その直後だった。
ドンッ!!
街の方から、ざわめきが広がっていく。
「なんだ?」
「今の音……?」
人々が足を止め、辺りを見回している。
――ドォンッ!!
今度は、はっきりと地面が揺れた。
「きゃあっ!」
誰かの悲鳴が響く。
人々が一斉に走り出した。
「逃げろ!」
「モンスターが……!」
「こっちに来るぞ!!」
「……モンスター?」
架は振り返る。
さっきまで穏やかだった街の向こうから、黒い煙が上がっていた。
建物の間を、何か巨大な影が横切る。
そして――
遠くから、いくつもの咆哮が響いた。
「……」
架の表情が変わる。
人々が逃げてくる。
その流れに押されるように、架も走り出した。
けれど――
「……っ!」
逃げる方向から、何かが飛んできた。
架は咄嗟に身をかがめる。
頭上を、大きな瓦礫が通り過ぎた。
「うわっ!」
そのまま地面に倒れ込む。
「……くそっ」
立ち上がろうとした、そのとき。
目の前に、大きな影が落ちた。
架が顔を上げる。
そこには――
一体のモンスターが、架の前に立ち塞がっていた。
低く唸りながら、架を見下ろしている。
モンスターの爪が、地面をゆっくりと引っ掻いた。
「……」
架の身体が動かない。
モンスターが、一歩近づく。
「来るな……」
架が後ずさる。
けれど、背後には崩れた瓦礫。
逃げ場がない。
モンスターが、身体を低くした。
「……っ」
次の瞬間――
「キュッ!!」
何かが横から飛び込んできた。
そして――
小さな身体が、架の前に立った。
コメント
1件
「名前のないモンスター」、読み終えました。人間とモンスターが自然に共存している世界観の導入がとても丁寧で、そこに一人だけ少し距離を置いている架の立ち位置が気になりますね。小さなモンスターに手を伸ばしかけて引っ込める場面、追い払ったあと背中を見つめる場面――この距離感の描き方が巧みで、あとからあの子が飛び込んでくる展開にちゃんと効いてくる。伏線の置き方が上手いなあと感じました。第1話から設定と心情の両方に引き込まれます。続きが楽しみです。