「ただいま帰りました~」
夜、あやかし駄菓子屋に飛んだ壱花たちは、
「おかえり~」
と高尾に出迎えられる。
すぐにやってきた子狸たちは何故か、いつもより高尾に懐いているようだった。
「あ、その辺のお菓子、こいつらに買ってやったから。
代金は置いておいたよ」
と高尾が笑顔で倫太郎に言う。
「……なんだ。
偉く気前がいいな」
そう不思議そうに倫太郎が言っていた。
お菓子いっぱい買ってもらったから、みんな高尾さんに懐いているのかな?
っていうか、なんでいっぱい買ってあげたんだろ?
なんか気になる、と思いながら、壱花は手にしていた包みをカサコソ開けた。
高尾がそれに気づき、
「あれ? それなに?」
と訊いてくる。
「またお土産買ってきたんですよ。
帰る前に駅でお茶したとき食べたクッキーが美味しかったので。
お土産って感じのじゃないんですけど。
美味しかったので、みんなに食べて欲しいな~って思って」
はい、と高尾の手に個包装されたスタンダードなナッツ入りクッキーを渡すと、高尾は、ちょっとの間のあと、
「……ありがとう」
と言ってきた。
「なんか、嬉しいね。
お土産もらうのって、好きなんだよ。
出かけて、自分のところに戻ってきてくれた人がいるっていうのも嬉しいし。
お土産選ぶとき、旅先でも自分たちのこと考えてくれてたっていうのも嬉しいし。
……長くひとりで山にいたからね」
とその若い姿で高尾は言う。
「そうですか。
それなら、よかったです。
高尾さん、食べてみてください。
美味しいですよ」
壱花は高尾の手にあるクッキーを見ながら笑ってみせた。
うん、と高尾が口に入れるのを見ながら、壱花は子狸たちや倫太郎たちにも配る。
「俺はラムネの材料買ってきた。
作ってやろう」
「なんで旅先で材料買ってくんのっ」
と倫太郎と高尾が揉めているのを聞きながら、壱花はライオンにも袋から出して、ひとつやり、安倍晴明人形の前にもお皿に入れて置いた。
「私は安倍晴明である」
「晴明さん、お土産です」
「私は安倍晴明である」
壱花はちょっと笑い、
「いつもお店番ご苦労様です」
と頭を下げる。
そのとき、ガラガラとガラス戸が開いて、斑目が入ってきた。
「壱花っ、会いたかったぞっ。
此処のところ、仕事が忙しくて、来れなくてなっ」
「仕事忙しくて疲れたときに迷い込むところじゃないんですか、此処」
暇になったからって来る人、初めて見ましたよ~と笑いながら、はい、と斑目にクッキーを渡したとき、気がついた。
安倍晴明人形の前に置いたクッキーが皿と袋を残してなくなっている。
ライオンが食べたのだろうか?
いや、ライオン、袋、綺麗に開けて食べたりしないよな?
「なんだ、こいつは」
「私は安倍晴明である」
「安倍晴明?
占いでもしてくれるのか?」
「私は安倍晴明である」
「手相でも見てくれ」
いや、生きた安倍晴明でも、手相は見てくれないんじゃ、と苦笑いしながら、壱花が倫太郎たちのところに戻ると、高尾が枕返しの宿の顛末を聞いていた。
「なんだ、それで腕枕しそびれたの?
気になるじゃん。
柔道技みたいに腕返されるかどうか。
化け化けちゃん、僕と行ってみようよ、その宿」
と高尾が笑って言ってくる。
「社長と行ってみてください……」
壱花は思わずそう言っていた。
冨樫があやかしたちへのお土産にと買ってきたお茶を手に、
「よしっ。
このお茶を粉砕して、ラムネに入れてみようっ」
と倫太郎が言い、冨樫が、
「いや、まず、普通に飲んでください……」
と止める。
「試飲したら、美味しかったんですよ、それ」
と冨樫が言ったそのとき、生活に疲れたサラリーマンの人が店に入ってきた。
安倍晴明人形に、
「私が安倍晴明である」
と真横から言われて、わっ、と驚き、オウムに、
「私が安倍晴明であるっ」
と頭の上から言われて、また、わっ、と驚いていた。
ちょっと笑って、壱花たちは言う。
「いらっしゃいませ~っ。
化け化けあやかし堂にようこそ~」
あやかし駄菓子屋は本日も営業中――。
『漆 枕返しの宿』完
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