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彼女はまるで時間に追われているようにみえる。
「次はこの本をボロボロにしてちょうだい」
制限時間内に。とでも最後に聞こえた気がする。急かすように選択肢を僕の周りに縛り付けていく。
「たたく?踏む?足跡だけでいいの?ちぎる?読めるページがまだあるわよ?書き潰す?文字は全部見えなくなった?シュレッダーにかけるのね?それだけでいいの?」
彼女の脳内に映る僕は、既に行動に移して幻覚を見せ始めている様子だった。
「カッターで切る?ハサミ?針でも刺すの?濡らすのね?あら溶かすの?くしゃくしゃで十分?あら真っ二つにしちゃうの?雑巾みたく絞る?高いところから落とすのね?」
僕は指一つ動かさなかった。
「あら…何もしないのね…」
焦点があったかと思うと、現実に戻ってきた絶望にうちひしがれているようだ。
「また考えられなかった、どうでもいいとか抜かすんじゃないわよね。え、なに?その必要がないって?じゃあ、何もしないことが選択なのね。選ぶのね」
彼女の言葉が自身と現実に壁を隔てているようだった。僕の答えはそれを乗り越えられない。何もまだ、答えてすらいないけれど。
「そうやって、持論を展開するのはやめてくれるかしら??ボロボロにしろって言ってるのよ!かっこつけのつもりかしら?いいえ、貴方は私の質問に選択肢を持って答えたわ!蚊帳の外には出させないわよ!あなたはその本を手放すことは出来ないの!もう一度よ!何度でも選ばせてやるわ!」
丹精込めた文章に、力量を誤った演技で肩を上下させている。怒声が虚空の白いキャンパスの世界に吸われていく。彼女と僕しか見えない世界に、後ろで佇む脚の長い机だけが気配を消している。その沈黙が無機質で干渉にさえならない。