長く、冷たい沈黙だった。
犠牲となった騎士たち。
ウンターガング家の兵士。
教皇はすべての生命に対して慈愛を送る。
そして死者の安らかな眠りを祈った。
フロル教の礼に則った祈りは、ヘアルスト王国ならば誰もが知っている。
ゆえに人々は教皇のもとに共に祈りを捧げた。
***
天に昇る煙を眺め、アルージエは嘆息する。
彼の祈禱の役割は終わった。
「アルージエ」
「……シャンフレック。その後、フェアリュクト殿とデュッセル王子と話はしたか?」
「ええ。ユリスとアマリス嬢は然るべき処断が為されるとして、王都に連行されたわ。ウンターガング家の管理についても、後々決められるそうよ」
まさかこんな事件が起こるとは思っていなかった。
それもこれも、ユリスとアマリスがあまりに愚かすぎたことだろう。
ゲリセンの企み自体は可能性のあるものだっただろうが、アルージエが介入したことにより阻止された。
「傷は残っていないか? 何か痛む箇所があれば、僕の奇跡で癒すが」
「私は大丈夫。でも、アルージエは傷を隠しているでしょう?」
「……きみには敵わないな」
アルージエは胸のあたりを押さえた。
未だに賊から受けた傷が残っている。
「癒しの奇跡は、本来他人に施すもの。自分自身の傷を完治することはできないんだ。だが、命に別状はない。心配はいらないとも」
「無茶ばかりして……」
シャンフレックが実家で看病したいが、アルージエは忙しい身だ。
すぐにルカロに戻らなければならないだろう。
「それよりも、きみは早く家に戻った方がいい。ファデレンと奥様も心配しているだろう」
「そうね。すっごく心配しているでしょう」
父と母の苦悩が目に浮かぶようだ。
娘が誘拐され、その先で戦争が起きたら気が気でないだろう。
しかし、シャンフレックには伝えたいことがあった。
どうしても伝えなければならない。
「アルージエ。お願いがあるんだけれど」
「何でも言ってくれ」
「ルカロへの招待、受けようと思うの。こんな事件があったのだから、もう私も悩んでいられないわ。すぐに……あなたの後を追うから」
思いがけない言葉を受けたアルージエは目を瞬かせる。
そして、柔らかい笑みを浮かべた。
「そうか。では、今回の件を利用してファーバー国王にも要求しておこう。きみのルカロ留学に反対する諸侯を抑えるように、とね」
「ふふ……よろしく」
約束を取り付けた。
これからのことを思うと、シャンフレックは胸が躍りそうだった。
ふと、遠くからものすごい勢いで迫る馬が。
白馬に跨ったフェアリュクトが雷のようにやってきた。
「シャル! ……っと、聖下。お邪魔でしたか」
「いや、いい。僕もそろそろ帰るところだ。戦後の処理をすべてデュッセル王子に任せて申し訳ないが、僕も仕事があるのでね」
「承知しました。馬車までお供します」
アルージエも神殿騎士を動かした後始末をしなければならない。
何のための武力行使だったのか、詳らかにするために。
しかしフェアリュクトの態度もずいぶん軟化したものだと、アルージエは苦笑いする。
三人はそれぞれの帰路についた。
***
フェアシュヴィンデ領の屋敷に戻るや否や、猛烈な勢いで侍女のサリナが走ってきた。
「お嬢様! よくぞご無事で!」
「サリナ。心配をかけてごめんなさい」
「私こそ、お嬢様から目を離してしまい……申し訳ございません」
「これからは気をつけるわ。一人で行動しないように」
玄関先から声を聞いたのか、両親が駆けてくる。
母トイシェンはシャンフレックをすぐに抱きしめた。
「シャルー! お帰りなさい!」
「た、ただいま戻りました……苦しいですお母様」
「あら、ごめんなさい! 怪我とかしてない? 大丈夫?」
「はい。多くの人に守ってもらいましたから」
アルージエだけではない。
フェアリュクトやデュッセル、騎士たちの活躍があってこそ。
シャンフレックの命は守られたのだ。
「さて、シャンフレック。話したいことは色々とあるが……よく無事で戻った」
「お父様、ご心配をおかけしました」
「ユリス王子の処遇や、ウンターガング家に対する報復。諸々を話し合うために、私はこれより王都へ赴く。ファーバー国王にも、きつく責任の所在を問わねばな」
父は珍しく激怒しているようだった。
娘が誘拐されたのだから当然だろう。
「お父様、私も参ります。他人事ではありませんから」
「そうか。お前には報復する権利がある。ぜひ来るといい」
報復。
父はそう述べたが、シャンフレックの本命は違った。
彼女は未来のことを見据えて王都に行こうとしていたのだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!