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13 - ―a stardust drop―

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2024年04月21日

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不眠症の黒×突発性過眠症の黄


Side 黄


シャカシャカシャカ、と聞き慣れた小気味いい音が響く。

シェイカーを下ろしてグラスにゆっくり注ぐ。

「お待たせいたしました」

カウンターに座る男性の目の前に、そっと差し出した。読んでいる競馬新聞から目を上げ、「どうも」と中年の男性は微笑む。

一口含み、「うまい」と言った。

「こんな若いお兄さんが作ったと思えない味だよ」

俺は軽く頭を下げ、蝶ネクタイを直す。

ギムレットは得意なカクテルの一つだ。このバーを今はいない師匠から引き継ぐ前から、シェイクの技法はずっと教えられて練習してきた。

すると、「マスター」と呼ぶ声がある。顔を上げると、男女で入ってきたお客様の女性のほうが小さく手を挙げていた。

「何かあっさりめのウィスキーはありますか」

そうですね、とあごに手を当てる。

「それならアイリッシュがいいかと。ご用意しましょうか」

お願いします、とうなずくのを見て後ろの棚に手を伸ばした。置いてあるたくさんのボトルの中から一つ選び、栓を開ける。

グラスに注ぎ入れて、「どうぞ」と渡した。

静かに飲んだ彼女は、満足げに笑んだ。「美味しい」

「ありがとうございます」

隣の男性は、先ほどオーダーしたキープボトルのブランデーを飲んでいる。女性のほうは一見さんだから、連れてきたのだろう。

やがて日付も変わり、お客はまばらになってきた。今いるのは先代からの常連客だ。

そのとき、ドアが開く音がして男性が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

一人ですけどいいですか、と低い声で男性は言った。

「もちろんです。お好きなお席へ」

カウンターに座り、上着を脱ぐ。見知らぬ顔だ。俺と同世代くらいだろうか。

「ジントニックをお願いします」

「はい、ただ今」

カクテルを準備しながら、彼に声を掛ける。

「初めまして、でよろしかったですか」

「ええ。たまたま看板を見つけて、飲みたかった気分なので…」

そうなんですか、と相槌を打つ。あまり目立たない看板だから、こういうお客様は珍しい。

「お強いほうで?」

無論、お酒のことだ。彼は少し首をひねった。

「普通かな。最近はけっこう飲んでるんですけど」

承知しました、とうなずく。やがてジントニックができあがった。

彼がグラスを傾けると、氷がからりと音を立てた。

「美味しいです」

ライムにも負けない爽やかな笑みだった。

時計の針は進む。常連客も帰っていって店内は静まった。小さなバーだから、賑わうことは多くない。

「ここは何時までですか?」

彼が訊いてきた。「朝までやっていますよ」と答えると、驚いたような顔をした。

「…お仕事は?」

「これだけです」

へえ、と言った。初めてのお客様は、よくうちの営業時間に驚く。夜の8時から、朝の6時くらいまで開けているから。

「どうしてですか?」

ジントニックをゆっくり飲みながら、彼は問う。

「……夜型っていうか。その、寝ないようにしてるんです、夜に。眠っちゃうから」

彼は俺をちらりとその涼やかな目で見た。一瞬どきりとしたけど、何も訊かれないことに少し安心する。それで、肩の力が抜けてまぶたが下がりそうだった。

眠っちゃうというのは、俺は突発性過眠症で昼でも寝てしまうから。いつからか昼夜が逆転してたから、夜の仕事をしている。

それは師匠にも言っていない。いわば、この業界では誰も知る人はいないってことだ。

「じゃあ、俺も朝までいようかな…」

既にお酒が回り始めたのか、若干とろんとした語尾で放たれた言葉にどこか引っ掛かりを覚えながらも、俺はバーテンダーとしての定型文を口にする。

「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」

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