「それではちづる様、私めに着いてきてください!本丸をご案内します」
こんのすけがこれから使う本丸の案内をしてくれる。
「広…」
「そういえば主、本丸の名前はなんて言うの?」
「…決めてない」
千鶴の頭ではいい名前も思いつかない。
「清光は、どんなのがいい?」
「俺は主が決めたやつならなんでもいいんだけどなぁ…なんか思いつく単語はない?自分の職種から取ってもいいと思うけど」 ようやく一つの単語を思いつくが、それでいいかと聞かれたらよくわからない。
「…幻想園。ここの名前、幻想園城、で、どうだろう」
あまりに安直だが、これなら千鶴も多分忘れないだろう。
「いいね!幻想って綺麗だし、あ、響きのことね?俺は結構気に入った!」
加州の機嫌がかなり良くなっている。 なぜかはわからない。
「清光って、綺麗だな」
ふと横顔を眺めて思ったことがそのまま口に出ていた。
自分よりも幾分か小さいが、長いまつ毛、手入れされた髪、燃えるような真紅の瞳。全てにおいて美しく思えた。
「本当?じゃあ俺のこと大事にしてくれる?」
約20センチの差が加州の上目遣いを際立たせる。
「言われなくても、大事にする。」
間違っても捨てたりなんかしない。捨てられる怖さは誰よりも知っている千鶴だからこそ、断言できる言葉だった。
ぐるっと本丸全体をまわり、執務室にたどり着く。基本はここで生活するらしい。
「次は実際に鍛刀をしてみましょう!」
資材を使い、一振りを呼び出す。
「よお大将。俺っち、薬研藤四郎だ。兄弟ともども、よろしく頼むぜ」
黒髪に紫水晶の眼を持った少年が現れた。 華奢な体で身長は千鶴より30センチは低いと思われる短刀、薬研藤四郎の鍛刀に成功した。
「あんたが新しい大将か、よろしくな」
「あ、あぁ、よろしく…俺は、ちづる…」
差し出された手をそっと握る。
「少しでも力入れたら、折れちゃいそうだな…」
「そうか?俺っちは戦場育ちだから多少は平気だぜ」
そう言ってくつくつと笑う薬研。 そしてそんな2人の様子を恨めしそうに睨む加州。
「ちょっと主〜?一番大切にしてくれるのは俺だよね〜?」
そういい腕に絡みついてくる。深紅の双眸は確かに紫水晶を睨んでいた。
「…ごめん、俺、会話下手…で、1人ずつしか対応できないから…清光、ごめん」
途切れながらも言葉を紡いでいく千鶴。ここにきて人間慣れしてなかったことが悪さをしていた。
「も〜…つぎは俺!俺に構ってよね!」
ぐりぐりと千鶴の腕に頭を擦り付ける加州と、苦笑いの薬研。
千鶴は人の体温がすぐ近くにあることに戸惑っていた。
「…清光と、藤四郎は…その、嫌じゃないのか?俺みたいなのの近くにいて…」
否定された過去が千鶴の心に細かく裂傷を刻んでいた。
「当たり前でしょ?俺は俺を可愛がってくれる人が大好きだから、主のこと嫌なわけないじゃん!」
「俺っちはあんただから来たんだぜ?だから自信持ってくれや。それより俺っちのことは薬研でいいぜ、他の兄弟たちも藤四郎だからな。」
二振りからは拒否の言葉をかけられることはなかった。それだけで人と関わることを怖がっていた自分が馬鹿らしくなった。
案外、人と話すのは怖くない。少なくとも刀たちは嘘をつかない。頑なに閉ざしていた自分の心がゆっくり、時間をかけて溶けていくのがわかった。
「…ありがとう」
まだまだ話すのは怖い。でもここでなら、そんな考えが千鶴の頭に浮かんできていた。
「大将、無理して話そうとしなくていいんだ。あんたは傷ついて心を閉ざした…違うか?」 薬研の低く安心する声が響く。 「俺たちは少なくとも大将のことを傷つけたりはしないから、これから慣れていけばいい」
きっとこの刀は千鶴の根本となる部分を見抜いている。でもまだ待っていてくれる。
「…いつか、ちゃんと話したい…から、待ってて」
拙い言葉しか出てこないが、確かに本音だった。
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