第9話:はじめての共鳴(シエナとウタコクシ)
都市樹の外縁――光が強すぎず、風も穏やかな“羽休み枝帯”に、
シエナは静かにとまっていた。
ミント色の羽がやわらかく揺れ、
尾羽の先は淡く透明に透け、枝の上で小さな波紋のように反射していた。
その肩に、ウタコクシ――
ガラスのような翅を持つ、小さな録音虫が一匹、そっと留まっていた。
この虫は、シエナにしか鳴かない。
それは「命令歌」でも「記録されたコード」でもなく、
ただ、感情や共鳴だけが詰まった音だった。
シエナは、それが“共鳴”という感覚であることを、
この日、はじめて知った。
その音は――
羽音にも似ていて、
けれど明らかに「ただの動き」ではない。
音の高さでもなく、リズムでもなく、
鼓動と重なるような響きだった。
シエナは、反射光で答えようとする。
尾羽を広げ、一定の間隔で光を枝に向けて散らす。
それは「ここにいるよ」のサイン。
ウタコクシは、シエナの背で翅を震わせ、
ほんのわずかに匂いを放った。
それは、記録虫にしてはめずらしい行動だった。
匂いは――やわらかい花と、雨の混じった香り。
それは、**「安心している」**という虫の感覚だった。
記録するだけの存在が、
**感情として何かを“返す”**ことなど、
本来この世界では想定されていない。
けれど今、
命令を超えて、
構造を越えて、
ふたりだけのやりとりがそこにあった。
シエナの中で、なにかがほどけた。
ずっと「歌えない」ことに縛られていた自分。
歌わなければ、命令できない。
命令できなければ、都市と話せない。
そんな思い込みが、静かに崩れていく。
共鳴は、音じゃなくても起きる。
光でも、匂いでも、
そこに“感じよう”という意思があれば。
そのとき、足元の枝がわずかに動いた。
脈動ではない。
命令歌も使っていない。
ただ、シエナとウタコクシの“共鳴”に反応して、
枝が“居心地を整えるように”傾いたのだ。
それは、都市樹の小さな“返事”だった。
枝の奥で、他の虫たちが静かに翅を震わせる音が聴こえる。
命令でも呼ばれていないのに、
彼らは近づいてきていた。
「伝わったんだな……」
遠くの枝で見ていたルフォが、そうつぶやいた。
金色の羽に光が滲み、声を出さずに、ただ目を細める。
歌えないハネラと、命令を記録しない虫。
その出会いが、**世界の中でひとつの“新しい言語”**を生み出していた。