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第10話:古代歌の断片を聴いた日
都市樹の下層、“記録樹帯(きろくじゅたい)”。
枝が幾層にも重なり、光も風も届かないこの場所は、かつて**都市の中枢だった古枝(こし)**と呼ばれている。
今は誰も使わない。
命令歌は通らず、枝は動かず、歌う者の気配さえ拒む空間。
しかし、そこにはまだ“何か”が残っていると、ルフォは聞いていた。
その日、ルフォとシエナは、記録樹帯に降りた。
ルフォは金色の羽を枝に引っかけぬよう折りたたみ、
シエナはミント色の羽を体に沿わせ、反射光を最小限に抑えて進む。
彼女の肩には、ウタコクシ。
透明な翅をわずかに振るわせながら、
まるでここに“導かれるように”舞い降りてきた。
「ここ……音が吸い込まれるな」
ルフォが声を低くする。
枝は硬く乾き、歌を返さない。
都市樹なのに、命令が届かない“無反応領域”。
だが、そのときだった。
ウタコクシが震えた。
翅を大きく広げ、微かな音を空間に放った。
それは音程のない、風のような音。
しかし――
枝の奥から、かすれた旋律が、遅れて返ってきた。
「……今の、歌か?」
ルフォが目を見張る。
それは命令歌とは違った。
対象も動作も持たない。
ただ、響きがあるだけの旋律。
それでも、懐かしいと感じる旋律だった。
シエナは、尾羽で光を反射し、その音に答えた。
リズムをまね、反射の間隔で“私はここにいる”と伝える。
すると、枝がふるえた。
命令ではない。
共鳴でもない。
それは、**記憶された音への“呼応”**だった。
「まさか……これが、“古代歌”か?」
ルフォがつぶやく。
伝承の中にしか残っていない、命令の前に存在したとされる**“響きだけの歌”**。
制御も、対象指定もない。
ただ「そこにいたもの」を記録するためだけに歌われた音。
「歌って、命令のためにあるんじゃなかったのか……?」
その問いに、シエナは光で「違うかもしれない」と答える。
そしてその時、ウタコクシが小さく鳴いた。
断片的な音。意味を持たない、けれど確かな“残響”。
彼らは知った。
命令ではなく、記憶として残された歌が、
この都市のどこかにいまも“息づいて”いることを。
それは、都市がまだ誰かの“存在”に反応していた時代の音。
命令しない、命令できない者たちが、
ただ「いたこと」を残すために使っていた、響きのかけら。
都市の奥で、またひとつ、
記録されていた歌が、ゆっくりと目を覚ました。