いつもなら歩く道を走り、結果的にいつもより2、3分早く事務所に到着した私は、まず北川先生のブースを見たけれどまだ来ていないようだ。
パソコンを立ち上げ先生のスケジュールを確認すると終日外出になっているので、まず昨日のお礼メールを送った。
ロールパン1個で朝から走り、10時にお腹を鳴らした私に
「依頼者さんからの焼き菓子、いっぱい残ったままでしょ?皆ちょくちょく食べるけど次々に届くから。良子ちゃん、賞味期限の近いものを事務員に配ってくれる?」
と大木さんが言う。
きっと私のお腹の虫が鳴いたのが聞こえたのだ。
ありがたい仕事を任命され、皆さんに3つずつマドレーヌや、フィナンシェを配る。
こうした菓子類が届くと事務所で皆が食べ、顧問先の企業から送られてくる商品…例えば、この間はふりかけとお茶漬けのりが箱で送られてきたのだけれど、そういう物は担当先生が皆で分けてと言ってくれるので、皆が少しずつ持ち帰る。
ありがたい。
焼き菓子を配り終えた私に
「ありがとう。ぱっと、食べちゃいなさい」
大木さんがマドレーヌを指差すので遠慮なくひとつ食べると
「あー落ち着きました」
「それでよし。片山先生から重い案件が来たわよ…書類の数が多い。一人では無理だから一緒にお願い」
「わかりました。えーっと、これは…私は……まず役所関係に戸籍請求等の連絡を入れます」
「そうね。私は書類作成に着手するから、良子ちゃんは役所への連絡と銀行に通帳開示連絡をお願い。締め切りまでに余裕があれば書類作成も教えるけど、今回はどうかな?」
大木さんは徐々に私に仕事を教えてくれている。
この案件以外にも同時進行でいくつもの案件を抱えている。
先生方がいくつもの案件を指示してくるから当然だ。
各役所、銀行に連絡をする間にも、先生から請求書作成の指示がきた。
大きな裁判に勝ったあとの請求だ…すごい金額だから桁違いにならないように注意する。
そうするうち順に昼休憩となった。
今日は何も持って来ていない。
何かを買いに行こうと事務所を出て、まず颯ちゃんに電話だと思い出した。
そして取り出したスマホには、朝の電話のあとすぐに送ってくれたであろう颯ちゃんからのメッセージがきていた。
‘おばちゃんたちに東京にいることを伝えられたことは、リョウの半年の成果だ。頑張りは無駄にはならない。実っている。会うというところまでたどり着けなかったのは自然なことだと思う。そんなに一度に加速したらリョウが壊れてしまう。俺がいるから壊さないが、今すぐ抱きしめられないんだ。ゆっくり進んでくれ。昨日の電話は居場所を伝えられたという喜びだけ感じていろ。その他のことは考える必要なし。考えていいのは俺のことだけ。昼休憩、電話しろよ’
今までこんなに長いメッセージをもらったことがない。
颯ちゃんが一生懸命に私を救い上げようとしてくれていると伝わってきて……早く声が聞きたくなる。
「颯ちゃん」
‘おぅ、忘れてなかったか’
そう言う颯ちゃんの声と、カチャーンという金属音がする。
「大丈夫?忙しいんじゃない?」
‘修理してるが、3時に取りにくるから大丈夫。朝、間に合ったか?’
「走ったよーそしたらいつもより早く着いた」
‘良かった。リョウ’
「うん?」
‘お前がぐるぐる考えたことも自然なことで、拒否も否定もしなくていいんだぞ’
颯ちゃんは、朝に話しきれなかったことを話すつもりらしい。
‘ただ眠れなくなるなら、何時でも俺に電話しろ。そこが昨日のリョウの失敗’
「失敗?」
‘そう、失敗。辛いことしんどいことは迷わず即、俺に報告。わかったか?’
「…うん、ありがとう」
‘絶対な’
「うん」
‘昼飯今から?’
「うん」
‘じゃあ、俺も今から昼飯にする。一緒に食うわ。夜また電話する’
コメント
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『会いたい』手紙とメッセージじゃ違うけど、颯ちゃんはずっとこれだけだったから長い文は違う意味で心に刺さる。 手だけじゃなくて体全体を使って引き上げてくれて、決して焦らせないのが嬉しい。 考えていいのは俺だけのこと…この言い方〜(///▽//)♡