テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
初めて読み切り…を書いてみました。
注意⚠️
旧国、残酷な表現、第二次世界大戦の事が含まれます
瓦礫の街に夜の帳が下りていた。
壁も屋根も崩れ落ち、鉄骨が無惨に突き出した建物の影を、赤黒い夕焼けが長く引き延ばしている。
かつては華やいだ街並みだったはずだ。
だが今は、死と煙の匂いしか残っていない。
その瓦礫の山の上に、一人の男が座り込んでいた。
軍服を模した黒いコートはところどころ裂け、血と泥に汚れている。
腕には赤い腕章。
しかし、そこに刻まれた紋章は泥で半ば潰れ、見る者にすら耐えられないほどの空虚を放っていた。
……ナチスドイツ。
ヨーロッパの問題児。
世界を震撼させた怪物にして、いまや打ち捨てられた亡霊。
彼の瞳は燃えていなかった。
かつて群衆を扇動し、戦火を広げたときの狂気の輝きは、もう残ってはいない。
代わりにその奥にあるのは、沈殿した影だけ。
「……栄光、か」
ひび割れた声で、男は呟く。
かつて彼が夢見たのは、祖国を再び偉大にすること。
屈辱を晴らし、立ち上がること。そのために掲げた旗、そのために築いた軍、そのために流した血……
だがいま、その全ては廃墟と化していた。
崩れた街を見渡しながら、彼は乾いた笑いを漏らす。
「結局……俺は、何を手に入れたんだろうな」
…答える声はない。
ただ、風が瓦礫の隙間を抜ける音が、彼の独白を飲み込んでいく。
その夜、男の過去が静かに口を開こうとしていた。
罪と報復と、取り返しのつかない運命の物語が…
瓦礫の上で、男はゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、かつての喧騒。旗が翻り、声が響き渡り、人々が熱狂する光景。
「ドイツ! ドイツ! 祖国の栄光を取り戻せ!」
群衆の声は嵐のようだった。
彼はその中心に立ち、拳を掲げ、人々を導いた。
憔悴しきった彼らの瞳に、希望の光を差し込ませたと信じていた。
だが_
次に浮かんだ光景は、砕け散る石壁。
ポーランドの街に響く爆撃の轟音。
恐怖に怯える人々の悲鳴。
血に染まる瓦礫の上で、幼い子どもが母親の亡骸を抱きしめて泣いている。
「やめろ……俺は……」
彼の言葉は風に消えた。
あのとき、彼は自分を正当化していた。
強き国を作るため、領土を守るため、民を飢えから救うため……そう言い訳していた。
だが事実は違った。
彼の掲げた正義の裏で、数え切れぬ命が踏みにじられたのだ。
……さらに別の記憶がよみがえる。
フランスの街を行進する兵士たち。恐怖と憎悪の入り混じった市民の視線。
鉄靴の響きが、彼に陶酔をもたらした瞬間を思い出す。
「俺は勝利者だ……世界を制する者だ……」
あの頃、彼は確かにそう信じていた。
だがいま振り返れば、それはただの妄執だった。
そして、もっとも深い闇の記憶。
金網の向こうに並ぶ人々。
痩せこけ、虚ろな瞳で立ち尽くす者たち。
煙突から上がる黒煙。
それは彼の罪の象徴だった。世界のどんな言葉を尽くしても、許されぬ行為。
「やめろ……思い出すな……!」
男は頭を抱え、瓦礫に額を押しつけた。
だが記憶は消えない。過去は消えない。
彼が歩んだ道は、血と苦痛の上に築かれている。
「俺は……英雄になりたかっただけだ。
誰もが俺を見下していたから、俺は……!」
声は次第に嗚咽へと変わった。
誇りを取り戻すために掲げた旗。その旗の下で、どれだけの人間が泣き叫んだのか。
…彼自身がもっともよく知っていた。
………罪の記憶。
それは、彼の胸を焼き尽くす火であり、決して消えることのない業火であった。
夜は深く、月は雲に隠れていた。
瓦礫の街に、複数の足音が近づいてくる。
鉄靴の響きが、静寂を切り裂いた。
男……ナチスドイツは、顔を上げた。
_暗がりから姿を現したのは、かつて彼が敵と呼んだ者たちだった。
「……来たか」
最初に現れたのはソ連だった。
コートの裾を翻し、血に染まった赤い星を胸に輝かせている。
口元には笑み。
しかしその瞳は氷よりも冷たかった。
「やっと落ちたな、ドイツ。随分ともがいたが……結末は見えていた」
次に現れたのはイギリス。
煙草を咥えたまま、虚ろな目で彼を見下ろす。
皮肉げな笑みを浮かべつつも、その奥には深い怒りが渦巻いていた。
「結局、貴方は自分の首を絞めただけでしたね。誰もついて行けるはずがなかったんですよ」
イギリスの横からフランスも現れる。
シャツの袖口にはまだ古い傷痕が残り、その顔には憔悴が刻まれている。
彼はただ静かに呟いた。
「……許さない。街を焼き、民を殺し、笑っていたお前を、決して」
三人の視線が突き刺さる。
ナチスは立ち上がろうとするが、足は震え、膝は崩れ落ちる。
「俺は……ただ、取り戻したかったんだ…! 誇りを、未来を!」
叫びは空虚に響いた。
イギリスが近づき、彼の襟首を掴み上げる。その力は圧倒的だった。
「未来…?では…貴方が奪った未来を返す事はできるのでしょうね?
ポーランドに、フランスに、数百万の人々に…返す事が出来るとでも?」
…返せない。誰よりも本人が理解していた。
だが口から出るのは言い訳ばかりだった。
「俺は、選ばれたんだ……世界を導く者として……!」
その言葉を、ソ連の拳が遮った。
鈍い音が響き、彼は瓦礫に叩きつけられる。口元から血が溢れ、視界が揺らぐ。
「導くだと? お前がしたのは、ただ蹂躙し、奪い、壊すことだけだ」
…フランスが続く。
彼の声は震えていたが、それでもはっきりと憎悪を刻んでいた。
「お前に踏みにじられた街の声を、僕は忘れない。
泣き叫ぶ子どもを見殺しにしたあの夜を、僕は一生背負っていく……だが、お前も同じだ。背負って、潰れて、ここで終われ…」
彼らの言葉は刃となり、ナチスの胸を貫いた。
どれほど叫んでも、どれほど否定しても、罪は消えない。
ソ連が手を放すと、ドイツは瓦礫の上に崩れ落ちた。
呼吸は荒く、胸は痛み、視界は霞んでいく。
その瞬間、彼は悟った。
……これが報復。自分が撒いた地獄の逆流なのだと。
「俺は……裁かれているんだな」
呟きは夜に溶けた。
誰も肯定も否定もしなかった。だがその沈黙こそが、彼にとっての答えだったから。
夜明けは遠かった。
空は鉛色に沈み、廃墟の街を覆う煙は晴れる気配がない。
瓦礫に倒れ伏すナチスドイツの身体は、もはや動かなかった。
かつて群衆を熱狂させた声は掠れ、かつて大地を踏み鳴らした足は震えていた。
彼を取り囲む影_ソ連、イギリス、フランス…
誰も近づこうとはしなかった。ただ冷ややかに…その末路を見届けていた。
「……俺は……間違っていたのか」
血に濡れた唇から、弱々しい声が漏れる。
返事はない。
だが彼は分かっていた。答えを求めること自体、もう許されないのだと。
彼の脳裏に、過去の光景が断片のように浮かんでは消えていった。
旗を掲げた日。
群衆が喝采を送った日。
隣国を踏みにじった日。
笑い声、泣き声、炎、煙、そして…沈黙。
その全てが胸を締めつけた。
「取り戻したかった……ただ、それだけだったのに……」
虚空に伸ばした指先は震え、瓦礫を掴んだまま動かない。
その瞳に映るのは、崩れ落ちた街と、帰らぬ人々の影。
やがて、彼は静かに笑った。
かつての狂気も、怒りも、もはやそこにはなかった。
残ったのは、どうしようもない悔恨と諦めだけだった。
「……過去は戻らないんだな…」
その言葉は、風にさらわれ、瓦礫の間を通り抜け、やがて空へと消えていった。
誰も彼の最後を悼まなかった。
だが、その一言だけが、この街に残された。
報復の果てに残るものは、贖いではない。
ただ、決して癒えることのない「傷跡」だけ。
そしてそれこそが、ヨーロッパの問題児が歩んだ道の、最終的な答えだった。
いつか…彼も生まれ変わる事が出来るのだろうか…
残酷で…完璧で…血に染まった…そんなのではない、
明るくて…普通で、幸せな…そんな者に…国に、
そんな希望を握りしめ…ヨーロッパには再び光が灯ったのでした。
おしまい