樹木の覆われた大自然の中、心地の良い草原のベッドで僕は目を覚ました。
身体に異常はない。自分の名前も覚えている。
一つ不明瞭なことは、何故僕は歩いているのか。
僕を召喚した大天使 アゲルに言い渡された使命を遂行する為に僕は歩いてきた。
でも、それはこの世界を破滅へと追い込んでしまう。
僕の使命は……僕のしたいことはなんだ。
カエンさんが去った後、僕は仙人ナーガと、九条姉弟のいる滝へと戻ってきた。
「む……顔付きが妙だな。迷いが見えるぞ」
流石は戦国を生きた日本人なだけはある。
僕の顔を見て、迷っていることを言い当てられた。
「僕は……これからどう歩いて行けばいいのか分からないんです……。こんなに力があっても……僕は何をすべきなのか分からなくて……」
九条姉弟も、仙人ナーガも、僕を黙って見遣っていた。
「今のエイレスくんになら、俺でも勝てそうだ」
すると、滝の中からズボッとルーフさんが出てきた。
「やっぱり俺じゃダメみたいだ。不快感しかない」
そう言いながら、いつもの調子で笑っていた。
「君がしたいことは、君が決めるべきだけど、忘れちゃいけないモノもあるんじゃないのかな」
「忘れちゃいけないモノ……」
そして、ルーフさんは僕の頭を撫でる。
「君には仲間がいるんだろ?」
……。
アゲル、カナン、セーカ、アズマ……ホクトは、仲間と言っていいのだろうか……?
それに、やっぱり七神の皆さんを守りたい。
アゲルのことも……嫌なところは沢山あるけれど、大切な仲間だって思ってる。
だから……。
「まずは、仲間に……みんなに会いたいです……」
「ああ、じゃあ会いに行こう」
そうして、ルーフさんはまたニカっと笑った。
「発つのか。ならば、彼を連れて行くといい」
そう言うと、屋敷から慌てて緑髪の少年が走ってきた。
「す、すみません! 遅れました……!」
「えっと……彼は……?」
「彼の名は一色ロイ。我ら九条家に仕えていた忍だ。案内役にもなるし、彼は闇の神たちの視界に映らないんだ」
忍……!
昔には本当にそんな人がいたんだ……!
「ロイって呼んでくださいッス!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ロイは、とても気立てのいい性格だった。
「話はまとまったみたいだね」
そう言うと、カエンさんも滝に戻ってきた。
「行こうか……闇の神の元へ……」
そして僕たちは、闇の古城へと歩き始めた。
「ここの橋を渡れば古城へ真っ直ぐです」
暫く歩くと民家はなくなり、大きな川が広がっており、左右の先が見えないほど限りなく流れていた。
三途の川……みたいだな……。
「この川は、三途の川って呼ばれてます」
そのまんまだった。
まあ、冥界、と言っても、日本から来たバベルの創った世界な訳だし、ネーミングは安直なのだろう。
「ここから先は、地上の世界で死んだ人間、及び魔物が生息しています。次の輪廻に備えているのです」
「え、死んだ人と会えるってことですか……?」
「そうです。次の輪廻までは、記憶も意識もそのままに、存在を唯一許されている場所なんです」
僕は少しだけ考えた。
そして、ずっと心の中でモヤモヤしていることを口に出してみることにした。
「自然の国でフーリンに殺されたグレイスさんや、雷龍島で消えて行ったドレイク、ヴォルフもここに……?」
すると、カエンさんは笑いながら僕を見遣った。
「ショーの時のことを言っているんだろうけど、ドレイクとヴォルフは死んでないよ。彼らからは龍の魔力を吸収しただけで、龍族の一味の記憶も消し去り、普通に元の生活に戻っているはずだ」
「え、あ……そうだったんですか……?」
あの異常な光景で、僕は龍族の一味はトンでもなく酷い連中なのだと感じた瞬間だった。
その誤解も解けた今、龍族の一味、龍長であるカエンさんのしようとしていることは……。
「それでも、フーリンが悪戯に殺めてしまった、そのグレイスと言う男はいるかも知れないね……」
「いるかも、ではない。いるんだよ」
そう言うと、橋の側にはグレイスさんが立っていた。
ヒーラさんが化けている姿じゃない……本物のグレイスさんなんだ……。
「風の彼と同じ魔力を感じて待っていたら、まさかこんな大所帯でこの橋を渡ってくるとはね」
「あの時の恨みを果たす気ですか?」
「その気はない。死人に口無し、と言うだろう。彼の仲間とは、どんな連中なのかと思っただけだ」
グレイスさんは、ヒーラさんが化けていた時よりも、ピリッとした威圧感を感じる男だった。
「しかし、俺の輪廻も近い。一つだけ気になる。風の神ヒーラ様はご健在か……」
「風の神であれば、ここにいる彼が守りましたよ」
そして、カエンさんは僕をズイと前に出した。
グレイスさんは徐に驚いた顔を浮かべた。
僕は、自然の国で体験したことを、粗方グレイスさんに説明した。
グレイスさんは時折、「あのランガンが……」とか、「レーランも成長したな」とぼやいていた。
「自然の国にとって、バルトスが盾、俺が矛だった。君が守ってくれた自然の国は、俺が亡き今、ランガン達が一丸となって矛の役を担ってくれているんだな……」
そう言うと、グレイスさんは微笑んだ。
「エイレスくん、この冥界の国での旅路、俺も同行させては貰えないだろうか」
すると、ロイは慌てて口を挟んだ。
「そ、そんな! 貴方が無理やり魔力を行使してしまえば、次の輪廻は叶わなくなりますよ!?」
「えぇ!? そ、そうなんですか!?」
僕も慌てて驚いたが、しかし冷静に考えれば、魔力の行使が許されれば反乱の可能性もあるわけだ。
しかし、グレイスさんの目は真っ直ぐだった。
「どこかも分からない場所に次の生を宿すくらいなら、俺は最後まで、自然の国の矛として在りたい。そして、それは君の力になることが、最後の希望だと思うんだ」
そう言いながら、グレイスさんは拳を握った。
僕はもう、何も言わないことにした。
「よろしくお願いします、グレイスさん」
そして、僕は手を差し出した。
「握手か? 少し待ってくれ」
「?」
そう言うと、徐にネックレスを
バチッ!!
その手でぶち破った。
「えぇ!?」
「これは死者の証だ。これを身に付けていると輪廻が出来るが、透けて他の者に接触ができないんだ」
と、言いながら、僕に右手を差し出した。
「では、改めて」
複雑な心境だが、僕はその手を強く握った。
そんな時だった。
「アハハハハ!! なんて強運!! なんて俺は恵まれているんだ!!」
そこに現れたのは、剣豪ホクト、そして、龍族の一味 “衛兵” フーリンだった。
「僕の殺した男に異郷者じゃないか! カエンさん、今ですよ! この煩わしい男を殺して冥界の国に閉じ込めてやりましょう!!」
そう言うと、全身から風龍の魔力を溢れ出す。
「ば、ばか! 冥界の国で龍族の魔力は……!」
カエンさんは焦ったようにフーリンに声を掛けるが、その時にはもう手遅れだった。
「くあああああああ!!!」
フーリンはいきなり悶絶し始めた。
そして、遂には立てなくなってしまった。
「ど、どうなってるんですか……?」
「冥界の国は地上界と完全に隔たれている。特に龍は特別な存在です。生まれ持った魔力ではなく、外部から取り入れた龍の加護を使ってしまっては、遮断され、龍の加護はそのまま外に漏れ出してしまいます……」
「そ、そんな……僕はリューダと友達なのに……。やっと出来た友達だったのに……!」
そう言いながら、フーリンは涙を溢れさせた。
「どの道、君には龍族の一味を脱退させるつもりだった。丁度いいのかも知れない。この世界を出たら、真っ当に生きなさい」
「そんな……今更……そんな……!!」
そう言うと、今度は風をその身に纏った。
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