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「社長、なにを拾ってたんです?」
廊下に出た壱花は倫太郎にそう訊いた。
「ゴミ箱の中にこれがあったんだ」
と倫太郎は、なんちゃって穴あきお玉を見せてくる。
「あまりの出来上がりのひどさに、効果がないと思って、そっと捨てたんですかね?」
と言う冨樫の言葉に、
「……お前。
壱花のアイディアではあるが。
あとで、俺がずいぶん手を加えてるんだからな」
と倫太郎が言っていた。
冨樫は、すみませんと謝る。
壱花は捨てられていた穴あきお玉を見ながら、ぼそりと言った。
「高尾さん、これのせいでついて来たんじゃないですかね?」
え? と二人が振り向く。
「私たちがこれ作ってるとき、高尾さん、何故かハラハラした感じで見てたんですよ」
ふうん……と呟いた倫太郎は、穴あきお玉をバラしてポケットにしまう。
「よし、とりあえず、あやかしと高尾を追おう」
時間がないぞ、と急かされた。
「高尾の奴、スマホ持ってないから連絡つかないし」
「今は我々もお互い連絡つかないですよ。
岸に近いときは、スマホも通じますが」
冨樫の言葉には、そうだな、と頷いた倫太郎だったが、
「自分の位置を知らせる方法がないですよね。
深夜ですから、笛も吹けませんしね」
と言った壱花の言葉には、そうだな、と頷いてはくれなかった。
連絡はとりあえないが、時間がないので、みんなバラバラになってあやかしたちを探すことになった。
途中で時間切れになって、それぞれの位置から駄菓子屋に戻ることになるかもしれないな、と壱花は思う。
それにしても、連絡がとりあえないって、こんなに大変なんだ。
携帯をみんなが持つようになる前は、いろいろ不便だったんだろうな、と思いながら、壱花は下に下りてみた。
水をためて船を沈めたいのなら、下の方にいるかも、と思ったのだ。
下に水のある場所、ない気もするけど、と思いながらも。
壱花は乗船している車がずらりと並んでいる広い場所に出た。
独特の匂いがするよな、船のこういうところって。
鉄とガソリンの混ざったような匂いというか。
……おや?
なんかバシャバシャ聞こえるな。
見ると、車の陰にあの老婆がいた。
穴の空いたお玉を手に、横にある青いバケツから水を汲み上げ撒いている……
ようなのだが、穴が空いているので、ほとんど床に水は溜まってはいなかった。
「満足しているようだな」
そんな声に振り向くと、少し遅れて倫太郎も来ていた。
同じような考えで、下に下りて来たようだ。
よく見ると、水の溜まっているバケツにはロープが巻き付いている。
「あれ、汲み上げた海水なんですかね?」
「高尾がやったのか、元からあったのか。
まあ、どちらにせよ。
あのお玉を持っているということは、高尾はこのあやかしに接触できたんだろうな」
倫太郎は黙々と水をかき出している老婆の頭にひっついていた、巨大なたんぽぽの綿毛のようなケセランパサランをひょい、と取ると、
「よし、高尾と冨樫を探すか。
急げ、壱花」
と言って、上に上がっていった。
その頃、冨樫はまだ上を散策していた。
何処からか、バシャバシャ水音がする。
女湯からのようだ。
ん? 結局、あやかし、ここに戻ったとか?
と思いながら、冨樫は入ろうとしたが。
ひとりだと入りづらい。
社長か、風花がいないだろうか?
と周囲を見回してみたが。
もちろん、そんな都合よく来てはくれないうえに。
壱花ならまだしも、倫太郎が来たところで、なんの役にも立たない。
男二人で女湯に入ろうとしている変態、となるのが関の山だった。
だが、ともかく時間がない。
冨樫は周囲を見回し、女湯に急いで入ってみた。
そのとき、奥の方からガラガラと戸を開け閉めする音が聞こえてきた。
ふと気づけば、もう水音は止んでいて、しんとしている。
おや? と思った冨樫は広く薄暗い脱衣場で足を止める。
そのとき、気がついた。
天井からなにかがぶら下がっていることに――。