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ミアがカガリを抱きしめようと、両手を広げた瞬間だった。
(あれ……足に力が入らない……?)
あと数歩前に出れば、カガリのもふもふを堪能出来るはずだった。
景色がぼやけ、目が霞む。瞳に映るカガリが地面へと移り変わると、ミアの世界は闇の中へと閉ざされた。
膝から崩れ落ちるように、その場に倒れたのだ。
「ガァァァァァ!!」
カガリが吼え、全身の毛はあり得ないほどに逆立っていた。これでもかと見開いた目は、怒りに我を忘れていたのだ。
倒れたミアを飛び越え、殺意を込めてマウロの元へと駆けるカガリ。
「許さんぞ! 絶対に後悔させてやるッ!!」
その様相はまさに疾風迅雷。数秒後にはマウロはただの肉塊へと成り果てていただろう。
だが、そうならなかったのは、カガリに向けられたもう一つの殺気を無視出来なかったからだ。
そこから振り抜かれた大剣。カガリはそれに咬みつく事で受け止めた。
「これを止めるか。さすがだな」
その剣の持ち主はノルディック。お互いの力は拮抗していた。
ノルディックが力を弱めれば、カガリはすぐにでもマウロを殺しにいくだろう。逆にカガリが力を弱めれば、そのまま切り裂かれてしまう。
だが、カガリはそうなることを覚悟してでも、その大剣を離さなければならなかった。
マウロがまだミアを狙っていたからだ。
無慈悲なそれは、確実にミアの命を奪う。動かない獲物を打ち抜くのは容易い。
(何としてでも、ミアを守らなければ!)
その瞬間、ノルディックは蒼い炎に包まれた。
「”狐火”」
それを払いのけようと大剣から片手を離したノルディック。
その隙にとカガリがミアの元へ駆けると、ミアの心臓を貫くはずだった矢は、カガリの左前脚に突き刺さる。
「――ッ!?」
その一撃で完全に冷静さを取り戻したカガリは、横たわるミアを咥えると、ノルディックたちには見向きもせず遺跡の出口を目指し地を蹴った。
ノルディックがまとわりつく炎を払いのけると、目の前にはすでに誰もおらず、思い通りにいかなかった苛立ちから盛大な舌打ちが漏れる。
「チッ! あのキツネ……。力を隠していやがったな……」
昨日の戦闘では見せなかったスキル。そして、ミアを連れ去ったカガリ。どちらの行動も想定外。
「おもしれぇ。やるじゃねぇか」
|獣使い《ビーストテイマー》が従魔を使役し、その主人が倒された場合、考えられる従魔の行動は二つ。
一つは、怒り狂い敵を倒すまで戦い続ける狂暴化。もう一つはスキル効果が失われ、命令を忘れ野生に還ること。
とはいえ、カガリを使役しているのはミアではなく九条だ。故にミアを倒してもスキル効果が失われることはないため、狂暴化の可能性の方が高いと踏んでいた。
そして、その読みは当たったかのように見えたのだが、結果は違ったのだ。
|獣使い《ビーストテイマー》は従魔に単純な命令しか出すことが出来ない。
その基本は、対象と行動の二つの言語の組み合わせで出来ている。
『○○を△△』または『○○に△△』だ。
〇〇には対象の名前『敵』『味方』『自分』等が入り、△△には行動命令『攻撃』『防御』『追従』などが入る。
適性が高ければ高いほどその行動命令の幅は広がるが、基本的に与えられる命令は一つだけ。命令が重複することはなく、新たな命令は上書きされる。
九条は腐ってもプラチナプレート。その命令の幅は通常の|獣使い《ビーストテイマー》とは比較にならないほど多彩だと考えられる。
カガリがミアの言うことを全て聞いていたことを考えると、九条がカガリに出した命令は『ミアを守れ』ではなく『ミアに服従』。もしくはそれに近いものが命じられていたとノルディックは考えていた。
その場合、ミアの口を封じてしまえばこの場でカガリに命令できる者はいなくなり、狂暴化以外の選択肢はなくなると思っていたのだが、そうはならず、カガリとミアを逃がしてしまうという事態に陥ってしまったのだ。
「だが、どちらも手負いだ。そう遠くには逃げられまい。追うぞ!」
ノルディックはそれほど焦ってはいなかった。まだ取り返せると思っていたからだ。
そんな余裕すら見せていたノルディックであったが、遠くから聞こえてきた馬たちの嘶きに不安を覚え、マウロと共に急ぎ馬車まで戻ると、そこで起きていたことに驚愕した。
「何があった!?」
暴れる馬たちを必死に押さえていたのはニーナと従者の男。四頭いたはずの馬は三頭しか確認できない。
「ノルディック様! 申し訳ございません! ミアと一緒にいた従魔が馬車のハーネスを切っちまいやがって……」
カガリは馬を逃がそうとしたのは、何かあればそうしろと九条に言われていたからだ。それは逃げる時間を稼ぐのにも一役買う。
ノルディックは息を呑んだ。全ての馬が逃げ出していたら、この計画は確実に詰んでいたからだ。
(ここまで緻密な命令を出せる|獣使い《ビーストテイマー》はいない。……いや、|獣使い《ビーストテイマー》と|魔獣使い《ビーストマスター》は全くの別物なのか……?)
さすがのノルディックも、九条に対する評価を上げざるを得なかった。
ノルディックの目的は、九条を第二王女の派閥へと引き入れること。それが第二王女グリンダの願いだ。そのためには手段を選ばない。
その最大の障害は、ミアの存在。第二王女が極秘裏に調査した結論である。
九条からは、ギルドに登録したその日以前の記録が何も出てこなかった。王家の情報網をもってしてもだ。出身地、親族、全てが謎に包まれている。
故に親族を人質にとることは叶わない。その代わりがミアなのだ。
九条がミアを溺愛しているのは調査せずともわかること。九条がプラチナに昇格するのに、ミアが担当になるのを条件にしたくらいだ。
ならば、強制的に離れさせてしまえばいいのだと考えた。始めはミアを人質に取り、九条を飼い殺しにする計画だったのだが、それはリスクが高すぎる。
人質に取ったミアを隠し通すことが困難だからだ。
死霊術の中には、失せ物を探すダウジングという能力がある。それから逃げ続けることなど不可能に近い。
相手がプラチナであれば、真正面からぶつかり勝てるのはプラチナの冒険者だけ。
それに九条だけならまだしも、お供の四匹の魔獣。それに第四王女の派閥すべてが敵に回る。
それらから隠し通すことは不可能に近い。万が一悪事が露見してしまえば報復は免れず、第二王女の評判は地に落ちる。
(ならば人質なぞ面倒な事はせず、殺してしまえばいい……。証拠を残さず確実に息の根を止める。死んでしまえば、九条も諦めがつくだろう)
今回の担当交換も、最初から仕組んでいたことだ。そして九条はこの話に乗った。いや、乗らざるを得ない状況を作り出したのだ。
九条が最初からアンデッドの討伐依頼を受けてくれれば、ここまで面倒な事にはならなかった。
その依頼はノルディック側が用意した偽の依頼。ノルディックたちが受ける遺跡調査とは真逆の方向の依頼を受けさせることにより、時間を稼ぐ算段だったのだ。
そして最大の誤算がカガリである。
(まさか、あそこまで頭の回る忠実な僕だとは……。だが、まだだ。まだ想定の範囲内……)
ノルディックは常に最悪を考えて作戦を立て、準備は怠らない。ミアを逃がしてしまうことも想定していた。
「鞍を用意しろ。ワシとマウロとニーナで追う。お前は馬車の見張りを怠るな」
「へい」
「マウロ。マーキングは?」
「バッチリだ。魔獣とは言え、俺のマーキングからは逃れられねぇ」
マーキングはレンジャーのスキル。トラッキングで狙った獲物をマーキングすることにより、その範囲に関係なく感知する事が可能となる。簡単に言えば、一匹限定で付けられるGPSのようなものだ。
ただし、マーキング中はそれを解除するまでトラッキングでの索敵は出来なくなる。
従者の男は馬車の荷台から予備の鞍を三つ用意し、それを馬に取り付けるとノルディックたちはカガリとミアを追いかけた。
――――――――
カガリは咥えていたミアを背に乗せ換え、道なき道を走っていた。向かう先の候補は二カ所。九条の所へ直接行くか、プラヘイムの街かだ。
しかし、そう長くは悩まなかった。優先するべきはミアの回復。九条への報告は、上手いこと逃げた一頭の馬に任せ、一番近いであろうプラヘイムギルドにミアを送り届けるのが最善策だと考えた。
(主の元へ行っても、グレイスはノルディックの手の者だ。ミアの回復を拒む恐れもある)
ミアに痛々しく刺さっている矢は、左肩のあたり。幸い急所は外れている。
息遣いは荒いが、死んではいない。ただ意識はなく、カガリの毛を掴んでいない。そのため、落とさないよう運ぶとなると、カガリはそれほど早くは走れなかった。
(自分の傷なぞどうだっていい。この程度、ミアに比べればどうということはない……。とにかくノルディックから逃げ切り、ミアを助けなければ……)
その一心で、カガリは深い森を走り続けた。