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#短編
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非常階段の踊り場。
冷たい空気が、チャヌの熱を持った頬を撫でる。
チャヌはジナンの胸に顔を埋め、震える肩を抑えることができない。
ジナンは、上の階の扉がわずかに開いたこと、そこにユニョンが潜んでいることを、その鋭い勘で察していた。
(……やっと来たか、ニブい主役が。)
ジナンはあえて、チャヌの背中を優しく撫でながら、静かで、けれどよく通る声で問いかけた。
「チャヌ。……もう、ユニョンのことは諦めるの?」
チャヌはびくりと体を揺らし、ジナンのシャツをぎゅっと握りしめた。
「……諦めるしか、ないじゃないですか。ヒョンは僕を弟としてしか見てないし、僕がそばにいるだけで、あんなに……困った顔をするんだから」
「あいつが困ってるのは、お前を嫌ってるからじゃないよ」
「同じです……っ。僕のせいでヒョンが自由に恋もできないなら、僕は『ただのメンバー』になる。……本当は、今すぐ抱きしめて『好きです』って叫びたいけど。……ヒョンを、僕のせいで苦しめたくないんです」
チャヌの絞り出すような声が、コンクリートの壁に反響する。
それは、上の階で息を潜めるユニョンの鼓膜を、直接震わせた。
ジナンは、階段の上の方へ一瞬だけ冷ややかな視線を送った。
そして、さらに追い打ちをかけるように告げる。
「……じゃあ、俺がチャヌをもらってもいいってことだよね」
チャヌが驚いて顔を上げる。「え……?」
「お前をこんなに泣かせるあいつより、俺の方が、お前をずっと大切にできる。」
「……チャヌ、ユニョンのこと、今ここで『嫌いだ』って言いなよ。そうすれば、俺が全部忘れさせてあげる」
ジナンの指先が、チャヌの顎をクイと持ち上げる。
上の階で、ガタン、と大きな音がした。もう、隠れていることさえ忘れたかのような、激しい動揺。
「……言えません。嫌いになんて、なれるわけない」
「どうして?」
「……世界で一番、愛してる人だから……っ」
チャヌが泣き崩れたその瞬間。
「――やめろ!!!」
怒号に近い声とともに、上の階からユニョンが飛び出してきた。
ユニョンは階段を駆け下りると、ジナンの腕からチャヌを奪い取るように引き寄せた。
驚きで固まるチャヌを、ユニョンは折れそうなほど強く、必死に抱きしめる。
「……ヒョン、離して……!」
「離さない! 絶対に離さないから!」
ユニョンの肩は、チャヌ以上に激しく震えていた。
「チャヌ、ごめん……俺がバカだった。怖かったんだ、お前が特別すぎて、今まで通りの関係が壊れるのが……。でも、他の誰かのものになるなんて、想像しただけで死にそうなんだ……!」
ジナンの前で、ユニョンはなりふり構わずチャヌに縋り付いた。
その様子を見て、ジナンはふっと、いつもの意地悪で優しい笑みを浮かべる。
「……ようやく自覚した? 遅いんだよ、ユニョナ」
ジナンは手元の缶コーヒーを飲み干すと、満足げに立ち上がった。
「あとは二人で勝手にやりな。……チャヌ、泣き止まなかったら、次は本当に俺が連れて行くからね」
ジナンはひらひらと手を振りながら、二人の間にある想いを確認して、満足そうに立ち去っていった。
ジナンが去った後の非常階段は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
遠くで響く車の音さえ、どこか別の世界の出来事のように感じる。
二人は、冷たいコンクリートの段差に、拳一つ分ほどの間けて腰を下ろしていた。
「……。」
「……。」
チャヌは膝を抱え、まだ熱を帯びている目元を隠すように俯いている。
ユニョンは、隣の気配を伺うように何度も視線を向けては、唇を噛んで言葉を探していた。
「……チャヌ」
数分、あるいは数十分にも感じられた沈黙を破ったのは、ユニョンだった。
その声は、驚くほど優しく、そして震えていた。
「……はい」
「さっき、ジナニヒョンに言ったこと。……全部、本当?」
チャヌの肩がびくりと跳ねる。
「……聞こえてたんですよね。なら、わざわざ言わせないでください」
「ごめん。……でも、俺の口からちゃんと言わせて欲しい」
ユニョンは座り直すと、チャヌの顔を覗き込むように身を乗り出した。
「俺、お前を傷つけるのが怖くて距離を置いたつもりだったんだ。でも、ジナンヒョンに『チャヌをもらう』って言われた瞬間、頭が真っ白になった。
……お前が俺以外のやつに笑いかけるのも、触れられるのも、絶対に嫌だ。……これって、ただの『ヒョン』としての気持ちじゃないよな」
チャヌがゆっくりと顔を上げる。
そこには、かつての「無邪気な兄」ではなく、一人の男として必死に想いを伝えようとする、必死なユニョンの瞳があった。
「……ユニョンヒョン」
「俺、お前のことが好きだ、チャヌ。……弟としてじゃなくて、世界で一番、特別な存在として。……今まで気づかないふりして、逃げててごめん」
ユニョンがそっと手を伸ばし、チャヌの頬に触れる。
今度は、悲しさのこもった拒絶はない。指先に伝わるチャヌの体温が、愛おしくて、切なくて、ユニョンの瞳からもまた涙が溢れ出した。
「……遅いですよ。本当に」
チャヌがようやく、ふにゃりと力なく笑った。
それは、今日一日張り付けていた「仮面」ではなく、ユニョンだけに見せる、甘えたような、泣きべそをかいたような、本当の笑顔だった。
「ごめん。……これから、一生かけて取り返させて」
ユニョンはチャヌの体を、壊れ物を扱うように、けれど力強く引き寄せた。
チャヌの顔が、ユニョンの首筋に埋まる。
「……ヒョン、柔軟剤の匂い、強すぎです」
「あはは、緊張して付けすぎたかな」
照れ隠しの冗談に、二人は小さく笑い合った。
さっきまであんなに冷たかった非常階段の空気は、いつの間にか、二人の重なり合う鼓動で春のように温かくなっていた。
「……ねえ、チャヌ」
「……なんですか」
「明日から、楽屋でジナニヒョンの隣に座るの、禁止な」
「……ヒョン、独占欲強すぎです」
そう言いながらも、チャヌはユニョンの背中にぎゅっと腕を回した。
もう、震える必要も、逃げる必要もない。
夜の帳の中で、二つの影は、一つの大きな確かな形になって溶けていった。
〜後日談〜
「……ねえ、いい加減にしてくれない?」
練習室の片隅で、ジナンの盛大なため息が響いた。
その視線の先では、ユニョンがチャヌの隣にぴったりとくっつき、あろうことかチャヌの練習着の襟元を直すという名目で、ずっと首筋をベタベタと触っている。
「何がだよ、ジナニヒョン。チャヌの襟が曲がってたから直してやってるだけだろ?」
「それを直すのに5分もかかるわけ? 鏡見なよ、お前の顔に『俺のチャヌです』って書いてあるから」
ジナンが呆れ顔でペットボトルの水を飲むと、チャヌは顔を真っ赤にして、ユニョンの手をそっと退けた。
「……ヒョン、やりすぎです。ジナニヒョンが怒ってるじゃないですか」
「怒ってないよ。ただ、空気が甘すぎて練習の効率が落ちるって言ってるの」
そう言いながらも、ジナンは口元を少しだけ緩めた。あんなに今にも壊れそうだった末っ子が、今はユニョンの過保護すぎる愛に困りながらも、この上なく幸せそうに笑っているからだ。
「あ、チャヌ。さっきのステップ、もう一回確認しよ」
ジナンがチャヌを呼び寄せようとした、その瞬間。
サッ、とユニョンが二人の間に割って入った。
「ヒョン、俺が教えるよ。俺もちょうどそこやりたかったし」
「……ユニョナ。ここ、俺たちのパートなんだけど?」
「いいんだよ、俺が教えたいの!」
露骨なガードに、ジナンは天を仰いだ。
「……はあ。あの非常階段で、あんなにカッコよく背中を押してあげた俺の勇姿とあの感動を返してほしいね。」
「それはそれ、これはこれ!ジナニヒョンはチャヌの頭を撫ですぎなんだよ」
ユニョンがチャヌの肩を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せる。チャヌは「もう、いい加減にして」と呟きながらも、ユニョンの腕の中にすっぽりと収まって、嬉しさを隠しきれずにいた。
練習の休憩中、ジナンは一人で座っているチャヌの隣に腰を下ろした。ユニョンがスタッフに呼ばれて席を外した、一瞬の隙を突いて。
「……チャヌ、幸せ?」
唐突な問いに、チャヌは少し驚いたように瞬きをし、それから今までで一番綺麗な笑顔で頷いた。
「はい。……あの時、ヒョンがそばにいてくれてなかったら、今も僕は暗いところで泣いてたと思います。本当に、ありがとうございました」
「お礼なんていいよ。……ただ、あいつがまたお前を泣かせるようなことがあったら、その時は本当に俺がもらうから。覚悟しといてね」
ジナンが悪戯っぽく笑ってチャヌの髪を乱そうとした瞬間、猛スピードでユニョンが戻ってきた。
「ジナニヒョン! だーかーら、触りすぎだって!!」
「はいはい。……あーあ、バカなカップル」
ジナンは立ち上がり、騒がしくじゃれ合う二人を背に、ふっと満足そうに微笑んだ。
グループのマンネと、太陽のような兄貴。
かつては切なさに満ちていた練習室の空気は、今ではジナンの呆れ声と、二人の幸せそうな笑い声で満たされていた。
コメント
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うわあ…第4話、読み終わりました…っ🥀💔 非常階段でのジナニヒョンの“仕掛け”、まさかそう来るとは思わなくてドキドキしました。ユニョンが飛び出してきて「離さない」って叫んだ瞬間、胸が熱くなった…😭✨ そして後日談のユニョンの過保護ぶり、チャヌが困ってるのに嬉しそうな顔してるのがたまらないです。ジナニヒョンの呆れつつも優しい視線も好き…。 重たくて切なかった感情が、最後には春みたいに温かくなって、読後感が本当に優しかったです。amekazeさんの描く言葉、全部受け取りました。素敵な話をありがとうございます🤍🥀