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昼だった。
台所には、焼きかけの生地の匂いが漂っている。
トマトを切る音。
火の弾ける音。
いつも通りの時間。
……のはずだった。
「……っ」
Pizza guyの手が止まる。
視線が、包丁に吸い寄せられる。
銀色の刃。
細く尖った切っ先。
「……」
それが、一瞬。
牙に見えた。
冷たい感触。
首に沈む感覚。
痺れ。
熱。
「……っ」
喉が鳴る。
無意識だった。
包丁を持ったまま、自分の首へ近づける。
「……」
あと少しで触れる。
その瞬間――
「何をしている」
低い声。
手首を掴まれる。
「っ……!」
包丁が床へ落ちる。
硬い音。
「……」
息が荒い。
自分でも何をしようとしたのか理解して、青ざめる。
「……違、俺……」
言葉にならない。
首が熱い。
痒い。
どうしようもなく。
「……最近、酷いな」
ノスフェラトゥが低く言う。
「……」
Pizza guyは答えられない。
眠れない。
集中できない。
気づけば首を触っている。
吸血を止めてから、
むしろ症状は悪化していた。
「……クソ」
壁に寄りかかる。
指先がまた首へ向かう。
傷跡を掻きそうになる。
その前に。
「……口を開けろ」
「……は?」
顔を上げた瞬間。
顎を掴まれる。
「開けろ」
逆らう余裕もない。
少しだけ口を開く。
そのまま――
唇が重なった。
「……っ」
深い。
息を奪うみたいに。
冷たい舌が入り込む。
「ん……っ」
一瞬で頭が痺れる。
首の奥が熱くなる。
掻きたい。
無意識に手が動く。
「……っ」
だが。
その手首を掴まれる。
「触るな」
低い声。
「刺激すると悪化する」
「……っ、ぅ……」
呼吸が乱れる。
でも。
不思議と。
少しずつ。
首の痒みが引いていく。
熱が散っていく。
「……」
ノスフェラトゥは離れない。
ゆっくりと、
深く口づけたまま。
まるで何かを“流し込む”みたいに。
やがて。
ゆっくり唇が離れる。
細い糸が切れる。
「……は……っ」
Pizza guyは荒い呼吸のまま、壁にもたれた。
頭がぼうっとする。
でも。
さっきまでの焦燥感が、少し収まっている。
「……何した」
掠れた声。
「……唾液を取り入れれば、少し落ち着く」
ノスフェラトゥが静かに言う。
「……」
Pizza guyは数秒固まる。
そして。
「……最悪だろ、それ」
顔を覆う。
「依存症じゃねぇか……」
「……」
ノスフェラトゥは否定しない。
できない。
実際、それに近い。
吸血鬼の唾液。
痛みを麻痺させ、
快感と安心感を植え付ける毒。
本来は“逃がさないため”のもの。
「……お前」
Pizza guyが指の隙間から睨む。
「最初から分かってたな」
「……」
沈黙。
それが答えだった。
「……クソ吸血鬼」
吐き捨てる。
でも。
完全には怒り切れない。
さっきまで、
本当に苦しかったから。
「……」
ノスフェラトゥは静かに見下ろしている。
その赤い瞳には。
飢え。
罪悪感。
そして――
ほんの少しの安堵が混ざっていた。