テラーノベル
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藍林檎学園の午後は、どこか浮世離れした静けさに包まれています。
中等部と高等部を繋ぐガラス張りの共用ホール。そこは、聴覚過敏を抱える元貴にとって、数少ない「安全な場所」でした。
「……もとき、大丈夫? 今日、ちょっと顔色悪い。」
隣に座る滉斗が、低いけれど熱のこもった声で囁きました。彼は元貴のわずかな眉の動きだけで、その時の体調を読み取ることができます。
元貴は耳を覆うヘッドホンを少しずらし、弱々しく笑いました。
「うん、ありがと。午後の集会、少し人数多かったから……音が刺さっちゃって」
全寮制の藍林檎学園。逃げ場のない集団生活の中で、元貴の逃げ場はいつも、幼馴染であり恋人でもある滉斗の隣でした。滉斗は何も言わず、大きな手で元貴の震える指先を包み込みます。小学2年生のあの日から、この手の温もりだけは変わりません。
「おーい! 二人とも、ここにいたんだねぇ」
おっとりとした、けれど芯の通った明るい声。
高等部棟からやってきたのは、5年生の涼架でした。3歳年上の彼は、学園指定のセーターを少し萌え袖気味に着こなして、ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべています。
「涼架さん。高校生、もう授業終わったんですか?」
「自習室に行こうと思ったら、二人のオーラが凄かったから吸い寄せられちゃった。元貴、また無理したでしょ?」
涼架は元貴の目の前にしゃがみ込むと、ポンポンと優しく頭を撫でました。普段は天然で、忘れ物をしては二人に助けられている「弟のような先輩」ですが、こういう時の彼は誰よりも頼れる「お兄ちゃん」の顔になります。
「……涼ちゃん、わかっちゃうんだ」
「当たり前でしょ。保育園の時から見てるんだから」
涼架は鞄から、ノイズキャンセリング機能のついた耳栓の予備と、元貴が好きなレモン味のタブレットを取り出しました。
「滉斗、今日は元貴を寮の部屋まで送ってあげて。僕が先生に、元貴の体調のこと伝えておくから」
「……すみません、助かります」
「いいのいいの。二人はゆっくりしてなさい」
涼架はウインクを一つ残すと、ひらひらと手を振って職員室の方へと歩いていきました。その背中は、さっきまでのふわふわした雰囲気とは違い、とても大きく見えます。
「……帰ろっか、もとき」
「うん。……滉斗、ごめんね」
「謝んな。俺が好きで一緒にいるんだから」
滉斗はぶっきらぼうに言いながら、元貴の肩を抱き寄せました。
窓の外には、校名の由来となった青い林檎の木々が風に揺れています。
騒がしい世界の中でも、この学園の片隅には、彼らだけの優しい時間が流れていました。
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