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「ふん、思い知ったか」
男の冷たい声が響く。鼻で笑うような傲慢な態度や。足元に転がるワイを見下ろしながら、奴は勝ち誇ったように嗤う。その声が、耳の奥にこびりつくように残る。胸の奥が煮えくり返るが、動かん身体がもどかしい。
ワイは悔しさに歯を食いしばる。やけど、ここで終わるわけにはいかん。こんなところで負けを認めるほど、ワイは甘くない。全身が軋み、痛みで意識が霞む。それでも、拳を握る力だけは失わん。
「ま、待てや……!」
声を絞り出した瞬間、口の中に鉄の味が広がる。歯の間から滲んだ血が舌を汚し、唾を飲み込むたびに生温い感触が喉を通る。荒い息遣いを抑えながら、震える膝を無理やり押さえつけ、地面に突いた掌に力を込めて身体を起こす。だが、内臓が焼けるように痛む。鋭い刃で掻き回されるような感覚が腹の奥に渦巻き、ひび割れた肋骨が悲鳴を上げる。呼吸するたび、肺が焼けただれるように軋んだ。
「へへっ! 無駄な足掻きをするなよ」
薄汚れた男が嗤う。
ワイは歯を食いしばり、血の味を吐き捨てるように唾を飛ばした。
「なんやて……?」
声はかすれ、喉の奥で血の匂いがこもる。けど、胸の奥に渦巻く怒りは消えるどころか、さらに燃え盛るばかりやった。
「このリンゴ畑も、あの奴隷も、全ては俺たちのモンさ。これ以上痛い目にあいたくなけりゃ――ぐっ!」
男の言葉が終わるよりも早く、ワイの拳が奴の腹にめり込んどった。鈍い衝撃が拳を包み込み、骨の奥まで響く。男の顔が歪み、呼吸が詰まったように目を見開く。喉から押し殺したような呻きが漏れ、奴の体がぐらりとよろめいた。
「はん! 油断しとったら、いてまうぞ!」
荒い息をつきながら睨みつける。拳はまだ熱を持ち、体の奥で戦いの興奮がじわじわと湧き上がるのを感じる。だが、男もただの雑魚やなかった。
「チッ、しつこい奴だ。ぶっ殺してやる!」
その目がギラリと光る。先ほどまでの余裕は消え去り、むき出しの殺意だけが残っていた。
一瞬、男の肩が沈む。反射的に察知する――来る。風が裂かれる音が鼓膜を打つ。
刹那、強烈な蹴りが飛ぶ。
ワイは身体を捻る。完全には避けきれん。衝撃が頬をかすめ、視界が一瞬弾け飛ぶ。火花が散るような痛み。脳の奥が揺さぶられ、世界がぐらりと傾ぐ。
それでも、足を踏ん張る。崩れ落ちるわけにはいかん。
すると、低く冷たい声が場を凍らせた。
「落ち着け。殺しは不味い。せめて半殺しにしておけ」
別の男からの、冷静な声。それが逆に恐怖を煽る。静かで、淡々としていて、それでいて底知れぬ冷たさがある。殺すのではなく、半殺しにする。その意味を理解した瞬間、背筋に悪寒が走る。
じわじわと痛めつける。絶望を植え付け、心を折る。その方がずっと陰湿で、えげつない。
「へい!」
男が不敵に嗤う。眼が爛々と輝き、獲物を嬲る獣のそれに変わっていた。
――次の瞬間、地面を蹴る音。視界が揺れる。振り下ろされる拳。重い一撃が迫る。
避けきれん。いや、避けたところで無駄や。どのみち、次が来る。
ドゴォッ!
腹に重い衝撃。肺が空気を吐き出す。身体が折れ曲がる。膝が崩れる。視界が一瞬、真っ白になる。
だが――その瞬間、違和感が走った。
(半殺し……? あっ!)
何かが、閃いた。
それは本能だったのか、直感だったのか、はたまた単なる思い込みだったのか。
だが確かに、その瞬間――頭の中に雷が落ちたような感覚がした。
身体が軽くなる。……気付いたんや。【ンゴ】スキルの新たな力に。
ワイは叫ぶ。
「半殺しや!」
声とともに、力が湧く。さっきまでの痛みが嘘のように消え、視界が澄み渡る。
男たちの動きが、はっきりと見える。
「……なんや、めっちゃ見えるやん」
ワイは静かに呟いた。まるで世界がスローモーションになったかのように、すべてが鮮明に見える。相手の動き、筋肉の張り、呼吸のリズム――隙だらけや。
拳を握る。ギュッと骨が鳴る感触が心地ええ。足を踏み込めば、地面がしっかりと足裏に馴染む。浮ついたところは一切ない。全てが、完璧に噛み合う感覚や。
「なっ……!? ぐはっ!」
最初の一撃。ワイの拳が男の顎を正確に捉えた。鈍い衝撃とともに、ガクリと首が跳ね上がる。瞳が虚ろになり、膝が崩れかけるが――まだ意識はあるようやな。
「ぐっ……こ、こいつ……!」
苦しげにうめく男の脇腹へ、すかさず蹴りを叩き込む。鈍い音が響く。足の裏に感じる感触で分かる、これは深く入った。男の身体がくの字に折れ、肺から絞り出されるような呻き声が漏れる。よろめきながらも立とうとするが、無駄や。ワイの動きは、もう止まらん。
一撃、一撃、まるで機械のように正確に、確実に――。
次々と沈んでいく。拳を受け、蹴りを浴び、血を流し、呻きながら地面に崩れ落ちる男たち。さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったんや。もがきながらも、もう誰も立ち上がらへん。ワイがこの手で半殺しにしたった。
そして、最後に残ったのは――リーダー格の男。
「ぐっ!? ば、馬鹿な……!」
後ずさる男の顔には、恐怖が浮かんでいた。額にじっとりと汗が滲み、喉が引きつるように動く。さっきまでの余裕は、もうどこにもない。
ワイは、ゆっくりと歩み寄る。一歩、また一歩と、地面を踏みしめながら。
男の肩がピクリと震えた。足がもつれ、転びそうになりながらも、なんとか踏みとどまる。しかし、その目はワイから逸らされへん。
ワイは笑みを浮かべ、低く囁いた。
「ワイの強さを理解したか? お前も半殺しにされたくなかったら、仲間を連れてさっさと帰るんやな」
「ち、ちくしょう……!!」
男は歯を食いしばり、荒い息をつきながら倒れた仲間を引きずるようにして後退る。何度も振り返りながら、足早に闇へと消えていく。
男たちが退散する。ひとまず、脅威は去ったやで。