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今日はうだるように暑い……らしい。
ニュースのキャスターはお決まりのように「史上最高気温」と口にし、皆一様に難しい顔をしていた。
こんな日には彼女の好きだったカルピスが思い出される。
いまどき珍しい、水で希釈して飲むジュースだ。
「ねえ燭台切ー、カルピスちょーだいー」
「ああ、今入れるよ」
まず、彼女のお気に入り、うさぎ柄のコップに氷を入れる。
氷とガラスがぶつかり、カラリと音を立てるのがまるで風鈴みたいだった。
その後「とぽぽぽ」と音を立てて、カルピスの原液を注ぐ。
それに、2.5倍のお水を加える。氷が入ると薄まってしまうから少なめだ。
ただそれだけの事なのに、彼女はじっと僕の手元を見ている。
彼女の瞳には、このなんでもないことが、魔法のように映っていたのかもしれない。
「はい、完成だ」
「ありがとー」
「君ってカルピス注ぐところ好きなのかい?」
「うん。好きだよ」
懐かしい記憶。
僕は、彼女の気持ちを解ってみたくて原液のカルピスを買いに外へ出た。
政府管轄の、何でも揃うと謳われている万屋は拡大広告で訴えられてしまえばいいと思う。
「カルピスウォーター」という、すでに希釈されたカルピスばかり並んでいて、
目的の原液を薄めるカルピスが全く見当たらなかった。
万屋だけではなく、民間の量販店やコンビニエンスストアまで梯子する羽目になるとは。
次の店になかったら諦めよう。そう思った矢先の事だ。
……あった。
この辺一帯の店を回りきって、そして最後に立ち寄った駄菓子屋。
そこの、店の前に置かれている冷蔵庫の中に鎮座していた。
原液の、白いプラスチック容器のカルピスが。
そおっと扉を引いて、カルピスを手に取る。
ボトルの冷たさを手袋越しに感じて、万屋でこれを見つけた彼女の喜びようを思い出してしまった。
「わー!あったあった!」
「燭台切、見て見て!原液のカルピスだよー!」
「原液の…ってペットボトルのとは違うのかい?」
「ぜんっぜん違うんだから!」
「カルピスはね、お水と原液を混ぜるのが綺麗だからねー」
「浪漫、ってことか」
「そーそ。さっすが燭台切!」
「……見て、原液のカルピスだよ。君はこれが好きだと言っていたよね。」
そう言ってみるが、当然返事は無い。当たり前だ、彼女は死んだのだから。
買い物にもたついてカルピスをぬるくしてしまうだなんて、きっと怒られてしまうね。
なんとか思い直し、古めかしい横開きの扉を開け、会計をしようとする。
「ごめんください」
「ああ、今行く。そこで少し待っていてくれ」
なんだか聞き慣れた声が店の奥から聞こえてきた。
何分か待っていると、作業が終わったのだろう、布をかぶった彼が出てきた。
「待たせてすまない。会計だな」
そう言って僕の顔を見るなり、彼は目を見開いて、僕もきっと同じ顔をしていた。
「国、広くん?僕、57年前に取り壊された■■■本丸の…」
「奇遇、だな、燭台切」