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仕方ないので、私、『観察者』が今回だけの特別サービス、『編集者』に身をやつして皆さんにご披露するとしよう。
名付けて、
『僕とバアルが出会ったお話 ~最近編~ by オルクス』
質素でありながら重厚な神聖さが溢れる謁見(えっけん)の間、オルクスは玉座の前で傅いた(かしずいた)ままの姿勢でこの宮殿の主が現れるのを待ち続けていた。
ニヴルヘイムの主にして魔に属する全ての命持つ者の支配者、絶対的な帝王、さらに堕天して数千万年もの間、絶対神としてあるいは魔神王として人々の尊崇(そんすう)と畏敬(いけい)をただ一人享受し続けている唯一神、彼自身も敬愛してやまぬルキフェルの御出座し(おでまし)の時は近づきつつある事が分かる、極大で濃密な魔力がこの部屋に近づいて来ていたからである。
尊き(たっとき)御方の第一の腹心にして、神自らの身を分け与えられて生み出された子供とも言うべきオルクスをして、その身にずっしりと重苦しい緊張感が纏わり付いてくることを感じていた。
純白の魔王たるその身には僅か(わずか)な穢れ(けがれ)や汚れ(よごれ)さえ帯びることは無い、礼を失することは無いであろう事は分かり切っている筈だというのに、震える程のこの緊張感は決まって彼を襲い、いつも通り一瞬にして震えの種類を変えるのであった、歓びの震えへと。
「待たせたなオルクス、我が忠実なる眷属(けんぞく)よ、跪く(ひざまずく)必要はない、さあ、面(おもて)を上げて立ち上がるがよい、顔を見せてくれい」
言葉に従い立ち上がったオルクスだったが、美しい一対の白鳥の如き翼はその身を包み込む様に折りたたまれたままである、恐らく魔神王に対する献身(けんしん)を現しているのだろう。
そのままの姿勢でオルクスは言った。
「明星の輝きに包まれた至高の御方(おんかた)よ、美しき命の煌き(きらめき)は日輪をも眩(くら)ませる最上の美、拝謁(はいえつ)の栄誉はこの上なき歓びの砌(みぎり)でございます、この身と我が眷属どもの忠誠を捧げます、マラナ・タ」
言い終わると両足を少し開き、自らの翼を大きく広げると、両腕を玉座に向けて伸ばして差出し、背に煌めく月輪(がちりん)を輝かせるのであった。
漫画やラノベで見る貴族男性の所作や、当然女性の礼式であるカーテシーとも全然違う作法であった、力が多くの場合に尊崇と信仰の尺度となる悪魔ならではの習慣である。
「なるほど、我々兄弟に比する第四の魔神と言われるのも納得だね~、兄上? これがアムシャ・スプンタの長、冥王の陪星筆頭、純白のオルクス卿なのか~、ふむふむ」
横合いから現れた一柱の悪魔の態度が珍しくオルクスの琴線(きんせん)に触れたようで、純白の彫刻の様な美しい顔に僅か(わずか)な引き攣り(ひきつり)が浮かんだ。
不愉快の理由はオルクス自身に向けられた言葉ではなく、その行為、彼が崇拝する魔神王ルキフェルの片方の肩に気楽に乗せられた悪魔の左手の存在であった。
オルクスは思ったのだ、不敬の極みっ! 殺すっ! と……
「我が偉大なる君よ、そちらは……」
「うむ、これは我が弟にして魔界の魔神の第二階位である、ヘルヘイムを統(す)べる者、『魂の牧童(ソウルシェパード)』、バアルである、が、如何(いかが)した?」
オルクスは思わず息を呑んだ、話に聞く魔神バアル、目の前の若々しい軽装の男が自らの弟妹(きょうだい)達を凌駕(りょうが)した存在とはとても思えなかったからではない、『勝てると思って闘いを始めた、しかし手も足も出ないままあしらわれてしまったのだ……』そう話した自身の分つ身(わけつみ)、『漆黒のモラクス』の評を裏付けるような、一見して大した事なさそうに見えるバアルの背景に、抜け目なくこちらを探るような濃密な魔力の『目』を感じ取ったからである。
警戒しつつもそれを表に表さないようにしながら答えるオルクスであった。
「これは! お初にお目に掛かります、主上の一兵卒、オルクスめにございます、以後お見知りおきを…… 弟・君」
「ふぅ~ん」
ニヤニヤと軽薄な笑いを浮かべながらオルクスを見つめるバアル……
対するオルクスは一切の表情を消してただ佇(たたず)んでいるだけであった。
バアルがルキフェルに向かって言った。
「兄上! この子は良いね! 流石は兄上の片腕と言われるだけはある! 強さだけじゃなくて自分の心や思いを制御出来てる所がいいねえ! 邪悪だね、邪悪さがさ、凄いよ! 僕の軍団を率いて欲しい位だよ!」
「そうであろう、このオルクスは我が全幅の信頼を置く腹心中の腹心、お前が欲しがってもやる訳にはいかぬ、別格の悪魔であるぞ」
オルクスは主が自分の事を誇らしそうに語る声に感動していたが、それより強い感情に支配されていたのであった。
決して表には出していなかったが、心中に激しい怒りが渦巻いていたのである。
なぜなら、自らの神ルキフェルに話し掛けながら、バアルは気安い態度で叩いたのである、尊いルキフェルの肩を、それも二度……
オルクスは再び思ったのである、あり得ない程の不敬っ! 絶対、絶対、絶対殺すっ! 殺してやるっ! と……