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よしだ ⌒⌒なり
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ライブ終わりの楽屋。
まだ熱気が残っていて、誰かの笑い声やスタッフの足音が行き交う中、妙にその一角だけ空気が違っていた。
佐野「吉田、ちょっといい?」
振り向くと、佐野が真剣な顔で立っている。
吉田「あー、うん。なに?」
ペットボトルを握ったまま、なるべく軽く返す。
佐野「ちょっとだけ、いい?」
吉田「いいよ」
近くには曽野と塩崎もいて、なんとなく察したようにこっちを見ていた。
吉田「……で、どうしたの?」
佐野「俺さ、話があって」
吉田「うん」
佐野「ちゃんと、言っとこうと思って」
——やめてくれ、その前置き。
もう分かるから。
心の中でそう思いながらも、顔には出さない。
佐野「俺、柔太朗と……付き合うことになった」
一瞬、音が消えた気がした。
でも、すぐに——
曽野「え、まじで?」
先に反応したのは曽野だった。
塩崎「うわ、ほんとに?!」
曽野「おめでとじゃん!」
塩崎も笑って、佐野の肩を叩く。
佐野「ありがとう」
佐野は少し照れたように笑った。
その空気に乗るしかなかった。
吉田「……そっか」
佐野「仁人」
名前を呼ばれる。
吉田「お前にはちゃんと最初に言いたくて」
佐野「……うん」
喉が詰まりそうになる。
でも、笑え。
ここで崩れるな。
吉田「おめでとう」
ちゃんと、言えた。
佐野「ありがと」
吉田「幸せにしろよ?」
佐野「もちろん」
吉田「柔太朗いいやつだしさ」
佐野「だよな」
吉田「お前に合ってると思う」
山中「……ほんとに?」
「うん、ほんと」
嘘だ。
そんなわけない。
でも、言えない。
言えるわけがない。
佐野「仁人がそう言ってくれると、なんか安心するわ」
吉田「何それ」
曽野が横からニヤニヤしながら言う。
曽野「いやでもさ、なんかいいよなこういうの」
曽野「青春って感じ」
塩崎も笑う。
やめろよ、その言葉。
こっちは全然青春なんかじゃない。
ただの片思いだ。
たった今終わった片思い。
佐野「……じゃ、俺ちょっと山中のとこ行ってくる」
曽野「おー、いってら」
塩崎「また後でな」
佐野「うん」
佐野が楽屋を出ていく。
ドアが閉まった瞬間、空気が少し静かになる。
曽野「……吉田?」
曽野が少しだけ声のトーンを落とす。
吉田「ん?」
曽野「大丈夫?」
吉田「何が?」
曽野「いや、なんか顔……」
吉田「普通だけど」
笑ってみせる。
完璧だろ。
曽野「……ならいいけど」
塩崎も何かを言いかけて、やめた。
塩崎「じゃあ僕ら、先戻ってるわ」
吉田「うん」
二人もその場を離れていく。
一人になる。
楽屋のざわめきが、遠くに感じる。
吉田「……はぁ」
小さく息を吐く。
鏡に映った自分は、ちゃんと笑っていた。
——さっきまで。
吉田「……バカだな、俺」
ぽつりと呟く。
言えなかった。
結局、最後まで。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
帰り道。
夜風が少し冷たい。
ライブ終わりの余韻なんて、もうどこにもなかった。
吉田「おめでとう、か……」
自分の声がやけに空っぽに聞こえる。
ポケットに手を突っ込んで、歩く。
足取りが重い。
吉田「俺、ずっと……」
言葉にしようとして、詰まる。
吉田「……好きだったのに」
信号待ちで立ち止まる。
赤い光が、ぼやける。
吉田「あーあ……」
笑おうとしたけど、無理だった。
吉田「……っ、」
頬を伝うものに気づく。
吉田「なんで今さら……」
止まらない。
吉田「言えたじゃん、いくらでも……」
隣にいた時間、あんなにあったのに。
吉田「……佐野」
名前を呼ぶだけで、胸が締め付けられる。
吉田「幸せに、なれよ……」
それは本心。
でも——
吉田「……きついって」
しゃがみこむ。
人通りの少ない道でよかった。
「ほんと、無理だわ……」
声が震える。
涙が止まらない。
吉田「……会いたいな」
もう、前みたいに隣にいられないのに。
ぽつりと落ちたその言葉は、夜の中に静かに消えていった。
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