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それから三人はエレベーターを利用した。最上階の一室が月呼と青年の部屋となっている。
「わあーっ!」
室内は高級ホテルのスイートルームさながらの内装だった。月呼はその豪華絢爛さに心を踊らせる。大人ふたりの定員で設計されているであろうに、それ以上の人間が利用できそうなくらいにテーブルとイス、ソファが置いてある。壁には絵画が飾られていたり、キッチンや冷蔵庫もあった。テレビは置いていなかったが、テレビ番組を見る習慣がない月呼はそれを不便には感じない。ここに一週間以上滞在したとしても、生活するには困らないだろう。月呼はすでに快適さをおぼえる。
部屋にあるベッドはひとつだけだった。ダブルサイズだろう。今夜からこのベッドで青年と寝ることになる、と月呼の心を動揺させる。
部屋にはバルコニーもあった。青年はバルコニーに立っている。両手で手すりをつかんで、外の様子を見ていた。どうやら、彼もゲームへの参加を決めたようだ。月呼は一歩、また一歩と彼に近づく。
「初めまして。棚原前沙です。一週間、よろしくお願いします」
正面から見ると、青年はかなりの小顔だった。そのうえ首が長い(顔が小さいから、より首が長く見えるのもあるだろう)。彼の顔を見てまず視線が向かうのが下唇の厚さだ。口の大きさも人より大きい(こちらも輪郭がシャープなのもあって、より大きく見えているのもある)。持って生まれたその唇は性的な魅力を感じさせる。自分はこの唇とキスするのか、と月呼は頭がくらくらしそうになった。
青年は思っていたよりも身長が高い。百八十センチメートルはこえているだろう。月呼が彼を見上げるかたちとなった。
「あなたの名前は?」
「……仙敷侑加(せんしきゆうか)」
青年はネームプレートに書かれた文字を棒読みで読み上げる。もちろん、それは本名ではない。一蓮托生でありながら、この関係性に距離を感じた。
侑加の声は低く、若干かすれてもいる。一週間ずっと聞いていても苦痛に感じない声だと、月呼は思った。
「じゃあ、今後は『侑加くん』って呼ぶね。私のことは『前沙』でいいよ。侑加くんは何歳なの?」
「十九歳」
「私は二十一歳。二歳違うのかな」
「多分」
月呼はくるるの時と逆のやり取りを侑加と交わす。短大生や専門学生、あるいは無職という線もあるが、侑加も自分と同じ大学生な気がしてならない。
「最初に宣言しておく。私は三億円が欲しい。そして、あなたを騙して、六億円を持って帰る気もない。私は三億円あればいいから」
「……」
侑加はじっと月呼を見つめている。
「お互いに三億円を持って帰る。だから、ルール違反とリタイアをすることなく、この一週間を私と過ごして欲しいの」
「……わかった」
「私なんかとキ、キスするなんて罰ゲームみたいだと思うけれど、七日間耐えてね」
「べつに罰ゲームとは思わないけれど」
「えっ――」
月呼は侑加のそのセリフにどきっとした。彼にとって、自分は生理的嫌悪をおぼえる存在ではないと言われているみたいで。しかし、すぐにその言葉の真意を冷静に考えた。女性からモテてきた侑加からするとキスなんて慣れっこ、という意味だろうと。
「なんで自分がこのゲームに選ばれたのかがわからない……」
侑加が自分の首に手をそえて、つぶやく。
月呼はなんとなくわかっていた。それは彼が美貌の持ち主だからだ。容姿がすぐれているというだけで、このゲームに番狂わせを起こすだろう。そして、その番狂わせに選ばれたのが自分。月呼は侑加の顔を見るだけでも、すでに大きく心をかき乱されていた。
「私はなんで自分だったのかがわかるよ。単純で騙されやすいから」
「……」
侑加は横目で月呼をじっと見つめる。
「後はちょうどお金に困っていたのもある」
月呼は両手で手すりをつかんで、目の前の景色を見た。
「ここ、本当に無人島みたいだね」
目の前には海がある。冬の海は見ているだけで寒さをおぼえると、月呼の体を震わせた。どこか暗く、おだやかでもなくて、レムリア・ゲームに波乱が起こるのを示唆しているようでもあった。
「この一週間の間に雪は降るのかなあ。でも、海にかこまれた島だと雪は積もらなさそうだよね」
「雪が降ってほしいの?」
侑加がたずねる。
「絶海の孤島に少しくらい雪が降った方がロマンチックかなって。後は自分で雪かきをしなくてよさそうなのもいいね」
月呼は侑加の横顔を見た。横から見ると鼻の高さが際立つ。目は正面から見るとそれほど大きな印象はないのに、眼球そのものの大きさを感じさせた。
「あっ! そうだ、ルールブックを読まなくちゃ。侑加くんはもう読んだ?」
「まだ」
月呼と侑加は室内に戻る。ルールブックを読まないまま会話し続けていると、不本意にルールを破ってしまう可能性があるからだ。
「家だったら電気代を気にして極力つけていないけれど、エアコンだってガンガンつけちゃうんだから!」
月呼はエア・コンディショナーの電源を入れ、温風をふき出させた。この一週間は贅沢に生きると決意している。
ふたりはソファに腰かけた。
「『運営に恋愛感情をいだいてはならない』だって。おっかしー! 被り物をしている人たちを好きになるわけがないじゃん!」
月呼は両足をバタバタとさせつつ、ルールブックの内容にげらげらと笑う。
「『プライバシー保護のため、浴室には監視カメラを設置していません。よって、不正を防止するためにふたり同時に浴室に入ったり、入浴することは禁止』って、そんなことをするわけがないじゃん……」
月呼が意味深な内容を読み上げても、侑加はなにも言わない。何事にも動じない落ち着いた性格とも言えるし、感情が希薄とも言える。
「テレビはどこにも置いていないんだね。それと、インターネットの利用は禁止か」
月呼の場合、この一週間は有名エジプト考古学者の動画を視聴できないということになる。そのことはややストレスに感じた。ただ、それは週に一回の配信だから我慢できる範囲だと、自分に言い聞かせる。
「ちょっと待って! うそでしょう! この一週間、桟明日都の試合が見られないなんて!」
しかし、それは欧州クラブの試合もインターネット視聴できないということに気がつき、落胆した。月呼は家族と一緒になってサッカー日本代表選手を応援するのが当たり前の環境にいる。その中でも熱烈に支持しているのが桟明日都。そもそも、人生で桟明日都が出場する試合を見ないという選択肢すらなかった。
「あああああっ!! クソがあああああっ!!」
楽しみにしていた試合が見られないこともあって、月呼は怒りの声を出す。けれども、すぐにはっと我に返った。それは初対面の男性に見られたくない自分の姿でもある。
「……桟明日都ってだれ?」
侑加は月呼の激昂ぶりに引いている様子もなく、冷静に質問した。
「プロサッカー選手だよ。現役の選手でいちばん知名度があるんじゃないかな」
有名選手すら知らないということは、侑加はサッカー部に所属した経験はないと見て間違いなさそうだ。彼がスポーツをやっているのかいないのかは、月呼にとって気になるところである。ただ、彼の正体に触れかねないので聞けない。
「好きなの?」
「う、うん。まあ」
神戸市出身のサッカー選手を口にして、ルールに抵触しないかと、月呼の心臓がばくばくとした。室内に設置されてある監視カメラを見る。おそらく大丈夫だろう。それでアウトだと厳しすぎる。軽口な自分では口が滑ってしまいそうだ。
「まあ、それは帰ってからでも視聴できるから我慢しよう。それで三億円が手に入るなら安いものだよね」
月呼はルールブックを閉じる。他には写真を撮影する行為や(ただ、参加者にカメラの類いは持たせないから、それはしたくてもできないだろうとのこと)、風景画や人物画を描く行為を禁じるとも書かれていた。こうしたルールも運営の正体を探ろうとしたり、ゲームが終わった後にパートナーを捜させないようにするためだろう。
「侑加くんは好きな食べ物はある?」
パートナーとは極力話さない方がいいと思っても、目の前の人物のことが気になってしまう。無難な質問をしてみた。
「好きな食べ物……考えたこともないな。ないかも」
「えーっ! 好きな食べ物がない人ってこの世にいるんだ! 初めて出会った!」
「前沙さんはあるの?」
月呼はそこで初めて侑加に名前を呼ばれる。本当の名前でなくとも、なぜだか少しうれしい。
「私はね、シャンポリオンのシュークリーム! 侑加くんは食べたことある?」
「ない。初めて聞いた。それ、なに?」
「シャンポリオンっていうシュークリーム専門店のお店があるんだけれど、そこのシュークリームはほっぺたが落ちるくらいにおいしいの! 定番の商品も期間限定の商品も、全部おいしいんだ」
そのシュークリームを食べるきっかけは尊敬する人物と名前が同じだったからなのだが、そこは伏せておく。たとえ違う店名だったとしてもいちばんの好物だろう。
「ここを出たら食べてみて。侑加くんが住んでいる地域にも店舗があったら、の話だけれど」
シャンポリオンは全国展開しておらず、出店していない都道府県もある。月呼は侑加がどこに住んでいるのかも気になった。神戸市から遠いのか、あるいは近くなのか。聞きたいけれど、聞けない。一週間だけの関係なのになにを気にしているのだろうと、正気にかえる。
「避難訓練に行こうか」
月呼は立ち上がった。
「手を繋いでおくべきなのかな?」
自分の手のひらを見る。
「どうだろう」
「一応繋いでおこう」
月呼は自分の右手を差し出す。侑加は拒むことなく、その手を取った。ふたりはしっかりと手を繋ぐ。月呼は侑加の手の大きさとあたたかさに胸が熱くなる。
男の人と手を繋ぐのは家族以外だと初めて、と言いたくなった。言ったところで軽く流されるだろう。容姿の整った侑加は女性とのこういう触れ合いに慣れていそうだと思った。
#探偵
橘靖竜
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おだんご🍡
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コメント
1件
第8話、読み終えました!月呼と侑加くん、ついに同じ部屋ですね。お互いに「名前を呼ぶ」やりとりのところ、すごく好きです。月呼は「前沙」でいいって言ったのに、侑加くんに「前沙さん」って呼ばれてちょっと嬉しそうになるの、甘酸っぱくて胸がきゅんとしました。あと、月呼が桟明日都の試合見られなくて「クソがあああ!」って叫ぶシーン、初対面の男性の前で素が出ちゃった感じが可愛くて笑っちゃいました。どんな関係になっていくのか、続きが気になります!