「初めは憮然として口を閉ざしていた真中も、膝を突き合わせて話すと、心の内をポツポツと明かしてくれて……。長く共に仕事をしてきて、自分の身との間に超えられない壁を無性に感じるようになってしまったと……。それで、いつしか寝首をかくようなことしか考えられなくなったと、そう言っていてな……」
「……だけど、真中さんの身勝手な言い分を、貴仁さんが受け入れなくてもいいようにも……」
話を聞くほどに、彼が負った精神的なストレスはいかばかりだったんだろうと感じられると、つい反言をしないではいられなかった。
「ああ、そうだな……。だがそれも、真中自らの心中には違いないからな。……聞いてやらなければならないだろう。もし何も聞かずに辞めてしまえば、真中にも遺恨は残るだろうし、それは私にも、な……」
「あぁー……」と、ひどく納得をさせられる。
そうだった……彼は、自分よりも相手のために一心になれる人で……。だから、私と初めて会った時でも、クラブで聴き込んでまで、好みのタイプになんて無理に成り代わろうとして……。
「……貴仁さん」と、名前を呼びかける。
「……ん?」
「……お疲れさまです。それと……、」
後ろ手に両手を組んで身体を折り曲げ、彼に少しだけ顔を寄せて、
「……大好きです。そういうあなたが」
はにかんで告げると、目の前で耳が薄っすらと赤く染まるのがわかった。
「ああ……私は、そんな君だから……」
彼が言いかけて、どこか言葉にしづらそうに口をつぐんだ。
何を言おうとしてと、首を傾げてその顔を見やる。
「ああーっと……本当は、入院のことは言わずにおくつもりだったんだが。君に元気かと問われて、その……、」
彼はそこでまた言葉を切ると、ふと目を泳がせた。
「あっ……もしかして、突然なお見舞いで、ご迷惑をかけちゃいましたか?」
入院と聞いて押しかけて来てしまったけれど、静養中のところに水を差してしまったのかもしれないと、やや気おくれする。
「いや……」と、彼が緩く首を振って見せる。
「違うんだ。言わずにおくはずでいたんだが、君からのメッセージを見たら、つい……あ、」
「あ……?」その先に続く言葉に、(なんだろう?)と頭をひねる。
「……甘えたくなった……」
「ふ、わぁー……!」
まさかの一言にびっくりして、思わぬ声が飛び出る。
貴仁さんの口から、『甘えたくなった』なんて言葉を聞けるだなんて、ましてそれが自分に対してだなんて、それこそ舞い上がってしまいそうになる。
「……甘えてください、もっと」
頬を赤らめて一言を返すと、
「ああ、君が来てくれただけで充分だ。ありがとう」
彼がフッと穏やかに微笑んで、
「退院をしたら、また……甘えさせてほしい」
そんなことを言われたら、胸がきゅうーんと締めつけられそうで、ここが病院じゃなかったら思わず彼のことをぎゅっと抱きしめたくなっちゃいそうだった……。
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