テラーノベル
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ピシリと、部屋の時が止まった。
誰も動けない。
ただ、心臓の鼓動だけが、耳元でうるさいほど打ち鳴らされていた。
(身代わり……で……死んだ……?)
凪の頭の中が真っ白になり、かろうじて瞬きを繰り返す。
「桐谷が亡くなったあの日──前線の野営地に夜襲がありました」
「夜襲……」
凪の唇から、掠れた声が漏れる。
「本来なら、軍医である私が診療日誌を本陣へ届けなければならなかった……。ですが私は、連日の過労で情けなくも、うたた寝をしておりました。桐谷はそんな私を見かねて……代わりに、診療日誌を届けに向かったのです……そしてその道中で、敵の襲撃に遭ったのです……!」
くっ……と、将臣の声に激しい嗚咽が混じる。
「私が……自分の足で行っていれば、死んだのは私だった……! 桐谷は死なずに済んだのです……! 申し訳……ございませんでした……っ!」
あの常に冷静だった将臣が、畳に額を擦りつけ、背中を丸めて声を出して泣いていた。
初めて見る彼の涙に、凪の胸が引きちぎられるように痛む。息がうまく吸えない。
「もう、終わったことですよ」
と、一言だけ呟けば、この苦しい時間は終わるのに──言おうとしても、凪の喉が固まって声が出ない。
気づけば、凪の目からも、ぽろぽろと涙が溢れ落ちていた。
「私は……それを凪に言えなかった……! 嫌われたくなかった……恐ろしかった……! 私は……卑怯者です……っ!」
畳につけた将臣の指先が、激しく震えていた。
源一郎も静かに目を潤ませ、長く息を吐いた。
「安藤殿……戦場に『もし』はない。生き残った者は皆、その重みを背負って生きるしかないのだ」
「くっ……うっ……!」
将臣の肩が大きく揺れる。
凪は顔を背けたが、膝の上の着物が自分の涙で濡れていく。
「誰が安藤殿を責められようか。……どうかお顔を上げてください。私たちは、すでに前を向いておりますから」
将臣は涙に濡れた顔をゆっくりと上げ、唇を噛み締めて深く頷いた。
凪はただ目を伏せ、唇を一文字に結んで耐えることしかできなかった。
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