テラーノベル
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「Symmetry」に影響されて書きました
MVのそのままの世界観です
モブの常連客の名前が出てきますが適当です
カクテル知識ゼロで手探りで書きました
どうか大目に見てください
いわふか
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✱岩本視点
「いらっしゃいませ」
ウェイターと思わしき爽やかな男性が迎えてくれる。ここは、俺が務める床屋の常連客がオススメしてくれたバー。おたくにはいつもお世話になってるから、時間ある時に1杯好きなの飲んでってよと先日レジで言われ、行かないのも失礼だからと、明日が休みであったため俺はバーを訪れていた。ちなみに店長は明日行くらしい。酒には強いが、正直あまり飲まないし、この雰囲気が苦手というかなんというか。俺には無縁の場所なんだと思わされるというか。生きる世界が違うんだなと肌で感じる。
「あの、石野さんから…」
「ああ、石野様の!こちらへどうぞ」
名字だけで通じる辺り、あの人はよく通っているのだろうか。ウェイターの後をついて歩く。案内されたのはカウンターだった。
「こちらのお席へどうぞ」
「ありがとうございます」
ウェイターは微笑んで去っていった。周りを見渡すと、お金持ちそうな年配と若い女性、もしくは中年の男性と若い女性という組合せが多いように感じた。もちろん一人で飲んでいる人もいる。
「こんばんは」
「あ、こんばんは…っ」
目の前に現れたのはバーテンダーの男性。
━━綺麗だ。
フレンドリーな印象を受けるのに、どこかアンニュイというか、影のある感じが、色っぽい。こういう世界に暮らす人たちはみなこのような雰囲気を自動的に纏うのだろうか。
「石野様のご友人様と伺っております」
「あっ、はい…」
「1杯分のお代は頂いておりますので、お好きなカクテルをお選びください」
「そうなんですね…」
彼はメニュー表を手渡ししてくれた。開いてはみるのだが、元々詳しくない上、横文字ばかりでちんぷんかんぷんだった。
「あの…」
「お決まりですか?」
「恥ずかしながら、こういうお店は初めてで」
「そうなんですね、ありがとうございます」
彼は微笑む。どこか、妖艶だ。
「お兄さんの”はじめて”、僕が貰っちゃいました」
何だろう、含みがあるというか。
「そ、その…おすすめとか、ありますか?初めてでも飲みやすいカクテル、とか」
「ふふ、もちろんありますよ」
彼はメニューを指差す。
「有名な物で言うと”カシスソーダ”や”スクリュードライバー”。これはチョコレートのような味がします」
「へぇ…えっと、エンジェル…キ…」
「”エンジェルキッス”」
「っ…」
「決まったら、教えてくださいね」
“夜はまだまだ、長いですから”
と彼はグラスを拭き始める。鼓動が早くて、顔に熱が集まる。さっきから心臓に悪いものばかりだ。向こうは商売、仕事をしているだけ。何度も自分に言い聞かせ、なんとか冷静を保つ。
「…すいません」
「お決まりですか?」
「この、”エンジェルキッス”にします」
「ありがとうございます」
バーテンダーの手捌きはテレビで見たことがあった。まるで魔法のようで、テンションが上がったことを覚えている。彼の所作は美しく、どこか色っぽくて、なんだかイケナイ気持ちになってしまう。煩悩を振り払うために、店長の顔を思い浮かべた。割とすぐに冷静になれた。
「お待たせいたしました」
彼は完成したカクテルを差し出した。チョコレート色の酒(と思われる)の上には白いクリームのようなものが乗っている。その上にはダイレクトにピンが刺さったさくらんぼが。まるで芸術のようだ。
「へぇ…本当にチョコレートみたいですね」
「カカオリキュールに生クリームを重ねているんです」
「生クリームって、あの生クリームですか?」
「ええ、そうです。ショートケーキとか、シュークリームに使われている、あの生クリームです。チョコレートのような濃厚な甘さとクリーミーなまろやかさが特徴のデザートカクテルなんですよ」
彼は目を伏せて微笑んだ。長い睫毛が揺れる。
「カクテルピンに刺さっているのが”マラスキーノチェリー”。砂糖漬けにされた甘いさくらんぼです。エンジェルキッスは、グラスに浮かべたチェリーをゆっくりとグラスの中心に沈めることで、”天使のくちびる”が現れるんです。この変化を楽しみながら飲んでいただけたら」
「わぁ…すごいですねぇ」
我ながら気の利いた言葉が全く出てこないため、本当に申し訳なくなる。俺は言われた通りに、チェリーをカクテルに落とした。赤い果実は、白い雲の中へゆっくり沈んでいく。
「なんか、ふかふかのベッドに埋まるみたいな」
「確かに!わかりやすいですね」
グラスを手に取り香りを嗅ぐと、本当にチョコレートのような匂いがする。
「わぁ…」
「チョコレートみたい、でしょう?」
「面白いですね!」
もう一度、香りを楽しむ。そしてそのまま、俺はカクテルを一口。鼻から抜けるカカオの香り。生クリームとチェリーの甘さが相まって、本当にチョコレートを食べているようだ。そして最後に残る、アルコールの仄かな苦味。
「美味しいです」
「ありがとうございます」
「少しビターなチョコレートを食べているみたいです」
「ふふ、気に入っていただけたのなら、嬉しいです」
「俺、甘いものが好きで。カクテルにも、こんな変わった味があるんですね」
「ふふっ、面白いでしょう?」
ちびりちびりと飲みながら、彼と話をする。
「すごく飲みやすいです」
「でも気をつけてくださいね?デザートカクテルは飲みやすい分、たくさん飲めてしまったり、アルコール度数が高かったりするので」
「おっと…気をつけます」
「カクテルだけでなく、お酒は容量、用法を守って楽しんでくださいね」
「はは、ありがとうございます」
俺はカクテルを飲み干し、最後に残ったチェリーを食べた。お酒を吸ったチェリーは甘くてほろ苦くて、まるで恋のような味だった。これを”恋のようだ”と例えてしまうほど、俺はこの場所に毒されている。満足そうに微笑む彼が、俺に近付いた。
「カクテル言葉は、”あなたに見惚れて”」
「っ…!」
吐息を吐くように、彼は囁いた。ふわふわとした気持ちが一気に熱に変わる。この場所はやはり苦手だ。心臓に悪い。目標と仕事に一直線だった俺は、恋愛などしてこなかった。おかげ様で、こんなものに耐性がある訳も無く。
「お兄さん、意外とかわいい?」
「か、揶揄わないでください…」
「あれ、お兄さん。ここがそういったお店だって知らなかったんですか?」
「………えっ!?」
彼が言うには、ここはバーと、所謂風俗が一緒になったお店らしい。基本的にウェイトレスとウェイターがそういう相手をするそうで、バーテンダーはその気にさせるのが仕事だが、本人次第で一晩を共にすることは可能だと言う。
「変な話、バーテンダーは寝たらプラスでお手当が貰えるんですよ」
「へぇ…石野さん全然そんなこと言ってなかったなぁ」
「てっきりその紹介だと思ってました、すみません」
「いえいえ!なんか、初めての体験ばっかりだったので、ガチガチになってしまって…こちらこそすみません」
「その分のお会計を済ませて頂いておりますので」
「そうなんですか………ん?」
「一夜分のお金をお支払い頂いておりますので」
「………え?」
「石野様に」
「い、石野さんに…?」
「はい」
彼は満面の笑みで答えた。待て待て。石野さんは風俗1回分のお金を払ったってことか!?昔から羽振りの良い人だとは思っていたけど、しかも床屋の店員全員分 だからバカにならないはずだ。ん?待てよ…
「お、俺今から…ここにいる誰かと寝るってことですか?」
「んー、ご希望であれば」
「えっ、えっ…?俺童貞ですよ…?」
「うちのスタッフは優しい人ばかりなので、丁寧に筆下ろしします」
「そっ、そうじゃなくて…!」
「及ばなくても構いませんが、返金はいたしかねますよ?」
「それはよくて…よくないけど…!」
「あははっ、お兄さん面白い」
彼はお腹を抑えて笑った。今まで見せていた含みのある笑みではなく、無邪気な笑顔。なんだ、そんな笑い方もできたんだ。
「バーテンダーさんは、とっても素敵な顔で笑うんですね」
「え…っ?」
「…思わず、見とれちゃいました」
「っすみません…お客様に対して…」
「いや、素敵だなって。俺はさっきの方が好きです」
「……っ」
ムーディーな店内はほの暗い。しかしバーテンダーの手元を明るくするために、カウンターより向こうは心なしか少し明るく感じた。よく見ると、彼の頬がほんのり染まっている。
「えっと…マラスキーノチェリーとまではいかないけど、バーテンダーさんのほっぺが赤い」
「ちょっと…揶揄わないで、ください…っ」
「えへへ、でも…ここはそういう場所なんでしょ?」
「ん”…その通りです」
彼は咳払いを1つ。
「もう一杯、飲まれます?それとも…」
「…もう一杯、貰えますか?」
「かしこまりました」
「バーテンダーさんの、おすすめで」
「…喜んで」
彼は手際良く準備を始める。
「炭酸大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「よかった」
フッと微笑んで、目線を手元に戻した。
「失礼します」
ウェイトレスが俺の目の前に生ハムを置いた。
「あれ?頼んでないんですけど…」
「そちらのバーテンダーからです。では、ごゆっくり」
ウェイトレスは微笑んで去っていった。
「生ハム、苦手でした?」
「いえ、そんな…悪いです」
「そんなこと仰らないで」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
彼は嬉しそうに微笑み、作業に戻る。不思議だ。カクテルのせいだろうか。どうしても、彼から目を離せない。
「お待たせいたしました」
「わぁ、綺麗な色」
「レブヒートというカクテルです」
「へぇ…」
「エンジェルキッスとは違って少し辛めのカクテルなので、生ハムと合いますよ」
「いただきます」
最初に香りを。ハーブのような、レモン…林檎のような爽やかな香りがした。
「爽快感がある香りですね」
「ええ。とあるワインを炭酸水で割って、うちではシロップに漬けたレモンを加えてます。ハーブや林檎の香りは、そのワインから香るものなんですよ」
「凄いですね…ワインから香るんだ…」
「僕も好きなんです、そのカクテル」
「じゃあおすすめのカクテル、いただきますね」
「どうぞ、召し上がれ」
一口、口に含む。確かに先ほどのカクテルとは違い、キリッとした味わいだ。爽やかなハーブの香りが鼻を抜けて、シロップ漬けのレモンの甘みが口に広がる。そして、最後はアルコール特有の苦味。それはレモンの苦味にも感じる。
「美味しいです、これ」
「ふふ、ありがとうございます」
続けて運ばれてきた生ハムを一口。しょっぱい味が口の中に広がる。生ハムなんて久しぶりだ。これはきっと、このカクテルに合うだろうと本能が悟る。俺は即座にカクテルを口に含んだ。
「わぁ、これ…最高ですね」
「お兄さん、良い顔してますよ」
「ホントですか?」
「ええ、嘘はつきません」
嬉しそうに笑う彼に釘付けになる。今日初めて出会い、まだ名前すら知らない彼。知りたい、触れてみたい。ちびりちびりと生ハムとカクテルをいただく。美味しい。そして、目の前には気になる彼。
「……」
「お兄さん、酔っ払っちゃった?」
「いや、お酒には強いんです」
「確かに、強そう」
「バーテンダーさんに、酔っ払っちゃったみたいで」
「え…?」
彼はキョトンとする。
「ほら、言ってたじゃないですか」
「何をです?」
「このお店のバーテンダーは、その気にさせるのが仕事だって」
「ええ、言いました」
「俺の負けです」
俺は残りのカクテルを飲み干した。
「誰に筆下ろし、してもらおうかな…」
俺は辺りを見回した。
「……お兄さん」
「なんですか?」
「そのカクテルに使われているワイン、気になりませんか?」
「ああ、確かに…名前は伏せてましたよね」
「そのワインの名前は”フィノ”。そしてその”フィノ”は種類の名前です」
「………」
「”シェリー”。これがそのワインの名前」
「女の人の名前みたい」
「このカクテルは、僕からあなたへのプレゼントです」
「………」
「”シェリー”の、酒言葉は…」
俺は、生唾を飲み込んだ。
“今夜は、あなたにすべてを捧げます”
時が、止まった。
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コメント
1件
ちょっっっともう本当好きです!!!