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「取引?」


そう私が言うと、アルベドの顔は歪んだ。だがすぐに、何を言っているんだと鼻で笑う。


「聖女様がどんな理由でここに来たかはしらねぇけど、取引ってのは相互の合意があって初めて成り立つもんじゃねえの?それに、何の取引なのかも分からねぇ状態で……」

「単刀直入に聞くけど、アンタ……私と会うの今日が初めてじゃないよね?」

「……」


アルベドの言葉を遮り、私が問いかけると彼は黙ったままこちらを見る。

すると、彼の表情はみるみると険しくなっていく。

彼が答えないということは肯定の意味になる。

初めから分かっていたけど、彼はあくまで初対面だ。ということを貫き通そうとしたらしい。何故かは知らないけれど、私にとってもどうでもいいこと。


「それがなんだよ。街ですれ違った……何て話だったら」

「アンタはそれを確認するために私をここに呼んだ……違う?」

「話が見えねぇな」


しらばっくれる彼に私は苛立ちを覚える。

彼が私をここに呼んだのは、きっとあの夜の出来事を聞くためだ。私がアルベドの情報を外部に漏らしていないかどうかの確認のため……

だから、私はそれを利用しようと思ったのだ。

私の為に。


「ウンターヴェルト男爵が殺害されたの。そのことについて、何か知ってるでしょ?」


そう口にした瞬間、アルベドの眉間にシワが深く刻まれていく。まるで、苦虫を噛み潰したような顔つきになって。

それからしばらくの間私達の間に沈黙が流れた後、アルベドは観念したように両手を挙げた。


「分かった、分かったって……んな、睨むなよ」

「……」


アルベドはやれやれと首を横に振る。

それに私は、別に睨んでなんかいない……とそっぽを向くと、アルベドはそれを見て、笑みを浮かべた。

先程までの冷たい笑顔ではなく、どこか柔らかい雰囲気の笑みを。しかし、そんな柔らかい笑みは一瞬にして消えアルベドは大きくため息をつくと大きな手で顔を一掃した。


「……んで、何で聖女様はここに来たんだよ」

「だから、取引だって」

「お前、馬鹿だろ」

「はい?」


呆れた様子で私を見てくるアルベドに対して、私は目を細める。

一体何がおかしいのかと問えば、彼は頭を掻いてから私を見た。

その視線には軽蔑が含まれているようで、思わず背筋を伸ばしてしまう。


「だって、わざわざこねぇだろ普通。それとも、探偵気取りか? 俺がウンターヴェルト男爵を殺した証拠でもあると」

「今アンタが言ったのが証拠」

「証拠にならねえよ……だったとしても、馬鹿だ。馬鹿すぎる」


私の言葉を聞いたアルベドは大きな声で笑い出す。それは、本当に可笑しそうに腹を抱えながら笑って……

そんな彼を見ていると、何故だか無性に殴りたくなってきた。私のことを一体何だと思っているんだ。

馬鹿馬鹿と連呼して……

しかし、ここで感情的になったところで何も解決しないので、私は咳払いをする。


「確かに証拠はないし、私だってウンターヴェルト男爵の無念を晴らそうとか、犯人を突き止めようとかは思ってない。だって、赤の他人だもん」

「じゃあ、何だって言うんだ?」

「男爵を殺した暗殺者が、目撃者である私を生かす理由があるのかどうか……って言うこと」

「ふーん。それだと俺が、その暗殺者みたいに聞えるが?」


そう、しらばっくれるアルベドにアンタでしょ。と意を込めて私は睨み付けてやった。

けれどアルベドはそれすらもどうでもいい、面倒くさいといった様子で私から視線を逸らした。


「だから、取引をしにきたの。貴方の情報は流さないから、私を殺さないで欲しいって」

「ここ、防音なんだよ」

「何、いきなり……」


唐突な話題転換についていけず困惑していると、彼は窓のないこの部屋の壁を指さした。


「その取引、俺にメリットは?」

「警備隊に突き出さない」

「口約束は信じられねえ。お前にしかメリットがないだろ」


確かにそうかも知れないけど、と私はギュッと拳を握った。

簡単にはいかないか……と内心舌打ちする。


「だ、だったとしても、別にアンタにデメリットは……」

「だったらさあ……」


と、アルベドは私の言葉を遮りながら私の前まで近づいてその鋭いナイフのような金色の瞳で私を見つめてきた。

美しさと、その金色が孕む危うい妖美さに私は思わず惹き付けられる。

まつげも長くて、紅蓮の髪も透き通るように美しい。黙っていれば背の高い女性のように思える。

しかし、そんな危険な美しさとは裏腹にアルベドはニヤリと笑って私の首筋に指を突きつけた。少し長めの爪が首筋に食い込む。

その瞬間、私の背筋に悪寒が走った。


「今ここで、お前を殺した方が得策だと思うんだよなぁ」

「……ひッ……で、でも、そんなことしたらすぐに人が駆けつけてくる、でしょ……」


喉の奥から引きつった声を出しながらも必死に抵抗する。

だが、アルベドは苛立ったように髪をむしると子供に諭すかのように、しかしぶっきらぼうに言ってみせた。


「だーかーら。この部屋は防音だって言ってんだろ」

「だから、何よ」

「お前、ほんと物わかり悪いな……お前が泣こうが叫ぼうが、その声は外の奴らに聞えないって言ってんだよ」

「……え」


つまり要約すると、私がここで助けを呼んでも外にいるグランツやリュシオルには届かないと言うことだ。

自分の置かれた状況をようやく理解した私は、血の気がみるみるうちに引いていく。

握っていた拳は震えだし、唇も歯もがちがちと音を立てて震える。

アルベドはそんな私の様子を見て、愉快そうに笑っていた。


「でも……どうせ、殺したら、バレる、でしょ。ここには、アンタと、私しかいない……」

「だろうな。でも、この部屋に隠し通路があったとしたら? それは、お前のとこの騎士もメイドも知らない訳だし、お前の遺体ぐらいすぐ運び出せると思うがな」

「何で死んだ前提で話すのよ!」

「殺されないとでも思ってンのか?」

「ひぃいッ……!」


首筋に突きつけられた爪がナイフのようにぐっと皮膚にくい込んでいく。

このままじゃ殺される、と恐怖で涙目になりながらも動かない身体は、さらに体温を失っていく。気を失いそうになるのを必死に堪えていると、アルベドは目を細めフッと口角を上げる。


(もうダメだ、殺されるッ!)


そう思い目を閉じた瞬間、両頬が何かで押しつぶされる感覚が頬に伝わった。


「……だーッ! 面白ッ……! ハハッ……ヒーっ、腹ねじ切れそう……ッ」

「にゃ、にゃにを……」

「ほんと、傑作だわ。過去一、傑作……あ~~俺、名演技だった」


と、先ほどまで私を殺そうとしていた男はゲラゲラと笑い出したのだ。

頬が潰されたままで上手く言葉を発することは出来なかったが、今彼に言いたいのは「1発殴らせろ」の一言だけだ。

私の命の危機を、一体なんだと思っているんだこの男……

だが、私の怒りなどお構いなしの彼は未だに肩を震わせて笑っている。そんなに面白いことを言ったつもりはないのだが、彼のツボに入ったらしい。


「ころひゃないの?」

「ああ? 当たり前だろ。さすがの俺でも、聖女のお前を殺したりしねぇよ。重罪、それこそ俺の首が飛ぶ。それに、俺は善人を殺したりしねぇ」

「……」

「何だよ。俺の事快楽殺人鬼だと思ってんのか?」


私は首を縦に振りたい衝動に駆られたが、何も答えず動かず、アルベドを見た。


(知ってる……ウンターヴェルト男爵は罪人だった。それに、私は一応アンタのこと……ゲームで見てきてるのよ)


私は、目の前にいる悪人しか殺さない暗殺者を見ながら早くこの手を退けろと思うのであった。

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