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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第74話 〚心臓が選ばなかった答え〛(澪視点)
放課後の帰り道。
一人になった瞬間、世界が少し静かになった。
夕方の風が、制服の裾を揺らす。
足音だけが、一定のリズムで続いている。
(付き合ってるって、ことにする)
りあの言葉が、何度も頭の中で繰り返された。
確かに、楽だ。
分かりやすい。
噂は、きっとすぐ形を変える。
「カップルなら普通」
「勘違いだったんだ」
そう言われて、
この問題は終わるかもしれない。
でも——
澪は、胸に手を当てた。
ドクン。
少しだけ、速い。
(……聞かせて)
予知じゃない。
未来を見る力でもない。
ただ、
今の自分がどう感じているか。
(この選択、私は……)
想像する。
「付き合ってるらしいよ」
そんな声が、廊下に流れる。
海翔と並んで歩く視線。
説明しなくていい安心感。
——その一方で。
嘘を前提にした毎日。
いつか、やめなきゃいけない関係。
誤解を消すために生まれる、別の誤解。
その瞬間。
心臓が、
きゅっと痛んだ。
(……違う)
はっきり分かった。
これは、
「嫌」じゃない。
「怖い」でもない。
——選びたくない。
誰かを守るために、
自分を偽る未来。
それは、
心臓が拒否する道だった。
(私は……)
立ち止まって、深呼吸する。
私は、
誰かの恋人として守られたいんじゃない。
「可哀想な人」でも、
「噂を消すための存在」でもない。
ただ、
私として立ちたい。
ドクン。
心臓が、
今度は静かに鳴った。
——決まった。
⸻
翌日、放課後。
昨日と同じ教室。
同じ顔ぶれ。
でも、澪の中だけが、少し違っていた。
「……昨日の案なんだけど」
澪の声に、全員が顔を上げる。
りあは、少し緊張した表情で澪を見る。
澪は、ゆっくり言った。
「ありがとう」
「考えてくれて」
一拍置いて。
「でも」
「私は、その方法は選ばない」
一瞬、空気が張る。
「心臓がね」
澪は、胸に手を当てる。
「それは違うって、言った」
えまが、ふっと息を吐いた。
「……澪らしい」
しおりも頷く。
「楽な方じゃなくて」
「納得できる方、だよね」
りあは、少し驚いたあと、
苦笑した。
「そっか」
「……ごめん、軽く考えすぎた」
「違うよ」
澪は首を振る。
「守ろうとしてくれたんだって、分かってる」
海翔は、澪を見て、静かに言った。
「それでいい」
「嘘で守る必要、ない」
その言葉に、
澪の胸は、温かくなった。
⸻
選ばなかった未来は、消えた。
でも、
“選んだ現在”が残った。
楽じゃない。
時間もかかる。
それでも。
澪は、はっきりと感じていた。
——私は、
自分の心臓が肯定する道を歩いている。
それだけで、
十分だった。