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買い物を楽しんだ後は、いよいよ本日一番の目的であるカフェへと向かう。
クリスの案内で五分ほど歩くと、テラス席のあるお洒落なカフェに到着した。
せっかくなのでテラス席に通してもらい、メニュー表を受け取る。
「わあ、このアイスティーフロートっていうの、美味しそうですね! 私はこれにします」
「たしかに美味しそうだな。僕もそれにしよう」
「すみません、アイスティーフロートを二つお願いします」
ルシンダが注文し、しばらくするとウェイトレスがアイスティーフロートを二つ運んできた。
「わあ、美味しそう! いただきます」
濃いめのアイスティーに、バニラアイスが浮かんでいる。
ルシンダは、まずバニラアイスをスプーンで掬って口に運ぶ。ひんやり冷たくて甘くて、歩き疲れた体に沁み渡る。
次に少しだけ紅茶に溶かしてもう一口。甘く瑞々しいピーチフレーバーとバニラのまろやかさが溶け合ってたまらなく美味しい。
幸せそうな表情で味わう妹の姿をクリスが優しく見守っていると、ルシンダが「そうだ!」と言って、パッと顔を上げた。
「私、お兄様に相談したいことがあったんです」
「なんだ?」
「お兄様は、王宮魔術師団って知ってますか?」
「もちろん知っているが、どうしたんだ?」
「人から聞いて、ちょっと興味が出てきまして……。まだ先の話ですけど、学園卒業後の進路の候補の一つにしたいというか……。どう思いますか?」
ルシンダがおずおずと尋ねると、クリスは顎に手を当てて小さく息を吐いた。
「そうだな……。冒険者になって旅に出られるよりは安心だな」
ミアの言ったとおりだな、とルシンダが感心していると、クリスが表情を険しくさせた。
「でも、両親は許さないだろうな。彼らはルシンダが卒業したらどこかの子息に嫁がせたいみたいだ。特に母は、王子殿下に見初めてもらう夢もまだ諦めていないようだし」
「ええっ⁉︎ それってもしかして、いわゆる政略結婚ですか……? それは困ります……」
もともと両親の説得は一筋縄ではいかないだろうと思ってはいたが、裏でそんな計画をしていたとは……。たしかに、せっかく養子にしたのだから、有効活用しようと考えるのは貴族として当然なのかもしれない。でも、よく知りもしない人のところへ嫁がされるなんて御免だった。
「……そんなことになったら、私は夜逃げします」
ルシンダがぼそりと言うと、クリスが珍しく少し慌てた。
「本当にルシンダは驚くことばかり言うな……。大丈夫だ。政略結婚なんて、僕がさせない」
「本当ですか……?」
「ああ、安心しろ」
「ありがとうございます……!」
ルシンダが心から感謝すると、クリスが少し言いにくそうに切り出した。
「……ところで、その代わりと言ってはなんだが、生徒会の手伝いをしてくれないか?」
「えっ、生徒会ですか?」
生徒会というのは、もしかしなくてもラスボス会長のいる、あの生徒会のことだろう。
(会長と関わるのは、ちょっと嫌だなぁ……。でも、お兄様の頼みを断るのは申し訳ないし……)
原作通りに魔王戦のイベントをこなしたいなら、会長には一切関わるべきではない。
でも、いつもあの両親のいる屋敷で味方になってくれ、今日もルシンダのためにいろいろ買ってくれたクリスが珍しくしてきた頼み事をばっさり断るのも心苦しい。
ルシンダがぐるぐると悩んでいると、クリスが少し寂しそうに目を伏せた。
「……嫌か?」
「い、いえ、そんなことありません! ただ、会長がちょっと怖そうかな、と思いまして……」
「ユージーンか。彼は有能だけど、なかなか野心家で情け容赦ないところがあるからな。でも、僕が間に入るから心配いらない」
「そ、そうですか……。ところで、そもそもどうして私を生徒会の手伝いに?」
「今年はまだ手伝い志望の下級生が一人もいなくて、人手不足なんだ。……それに、せっかくルシンダが入学したのに、学年が違うせいで全然会う機会がないだろう? 生徒会に来てくれたら、もっとルシンダの様子が分かるから」
クリスが優しい眼差しでルシンダを見つめる。
人手不足なのは事実なのだろうが、メインの理由はおそらくそちらではないだろう。
(お兄様、学園での私のことまで気にかけてくれてたんだ……)
冷たいアイスを食べていたはずなのに、心はほんのり温かくなる。
(……そんな風に言われたら、断るなんてできないよね)
「分かりました。ひとまず、今度見学に伺いますね」
「ありがとう。待っているよ」
そうしてまた他愛のないお喋りをしてカフェでの休憩を終え、ルシンダは嬉しいプレゼントと楽しい思い出、そして生徒会の手伝いの約束を抱えて屋敷へと帰ったのだった。