街で購入したレターセットで早速ミアを誘う手紙を出すと、一週間後に屋敷へ遊びに来てくれることになった。
自宅に友達を招くなんて前世でも未経験なので、そわそわと落ち着かない。どうすればいいのか悩みながら、とりあえず部屋を綺麗に片付けてみたり、ミアが好みそうなお茶やお菓子を用意してみたりした。
そして、あっという間に時が過ぎ、いよいよミアがやってくる日。
約束の時間に馬車がやってくるのが見え、ルシンダはいそいそと玄関ホールへと向かった。クリスもミアに挨拶をしたいということで、一緒に来てくれる。
期待と緊張で高鳴る胸を押さえながら、ホールの中央で待ち構えていると、やがて扉が開いてミアが姿を現した。
クリスも一緒だったことに一瞬驚いたようだったが、すぐに落ち着いた表情で優雅に挨拶をしてみせた。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「いらっしゃい、ミア。今日は来てくれてありがとう。こちらは兄のクリスだよ」
「はじめまして。ルシンダの兄のクリスだ。いつも妹と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「ルシンダさんのクラスメートのミアと申します。今日はお兄様にもお会いできて嬉しいです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ミアは学園ではおかしな言動ばかりしているのに、意外にもきちんとした振舞いもできるようだ。ミアが礼儀正しく挨拶すると、クリスは安心した表情を見せた。
「僕のことは名前で呼んでくれて構わない」
「ありがとうございます、クリス様。私のこともミアとお呼びください。……それにしても、ルシンダとクリス様、お二人並ぶととても素敵ですね……!」
先ほどまでの落ち着いた立居振る舞いから一転し、突然うっとりとした顔になるミア。……これはまた恋パラのカップリングを妄想しているに違いない。さっき、意外としっかりしてるんだと感心したばかりなのに、もう乙女ゲーム脳になってしまっている。
クリスも引いているのでは……と、ルシンダがちらりと兄の様子を窺うと、クリスは少しだけ目をみはりながらも、柔らかく微笑んで返事した。
「……そうだろうか。では、僕はこれで失礼する」
クリスを見送ると、ルシンダはミアを連れて自室へと案内した。
部屋に入って扉を閉めるなり、ミアは両手で口元を押さえながらはしゃぎ始めた。案の定、カップリングの妄想で興奮しているようだ。
「やっぱりクリ×ルシも好き……。いいものを見せてくれてありがとう!」
「え、う、うん」
言っている意味がよく分からないが、おそらく兄妹の仲が良さそうで安心したのだろう。
「それにしても、原作ではヤンデレだったクリスが、あんなに穏やかな顔をするなんて……。きっとルシンダのおかげね」
「そうかな……? でも、実の妹さんが亡くなったばかりのときはだいぶ荒れてたけど、傷が癒えたみたいで本当によかったよ」
「たしか妹のマリアを溺愛してたんだったわよね。試験勉強の動画を見たときも思ったけど、ルシンダも相当溺愛されてるんじゃな〜い?」
ミアが揶揄うように言う。
「さすがに溺愛はないけど、いいお兄さんだよ」
「は〜、ほんとに鈍感なんだから……。まぁ、いいわ。それより、あとで忘れないうちにさっきのスチルも描いておかなくちゃ」
先ほどのは別にスチルでもなんでもなく、ただ兄妹揃って妹の友人に挨拶をしただけなのだが、ミアの頭の中では違うらしい。ルシンダがもはや何も言うまいと黙っていると、ミアが「そうそう!」と言いながら持ってきた鞄の中から何かを取り出した。
「見て見て私の作品集!」
そうして両手で掲げたスケッチブックを開いて見せてくれる。中にはルシンダと攻略対象たちの仲睦まじい絵がたくさん描かれていた。もちろん、これらはすべてミアの心眼による脚色がふんだんに入っている。
相変わらずハイクオリティな画力ではあるが、ルシンダとしてはちょっと複雑な心境だ。
「こんなのみんなに見られたら怒られるよ?」
「そう? むしろ喜ばれると思うけど」
なぜかミアは自信満々だ。そうして自家製スチルを見せながら、原作での展開を解説したりととにかく喋りまくる。
ルシンダはミアの熱量に圧倒されながらも、初めて自宅に招くほど仲良くなった友達とのお喋りを存分に楽しんだ。
ミアはひとしきり語った後、ルシンダが彼女のために用意した焼き菓子と紅茶で一息つきながら、そういえば、と切り出した。
「卒業後の進路について、クリスに相談してみた?」
「あ、うん。王宮魔術師団に興味があるって言ったんだけど、反対はされなかったよ。それより、なんだか両親が卒業後は私をすぐどこかに嫁がせようと考えてたみたいで驚いちゃった。お兄様が阻止してくれるみたいだけど……」
「そう、よかったわ。心配しなくても、クリスがいれば大丈夫でしょ」
「そうかなぁ?」
「絶対大丈夫」
ミアがあまりにもきっぱりと言い切るので、ルシンダもまあ大丈夫かなと思えてきた。
「あ、あとお兄様から生徒会の手伝いを頼まれちゃって、とりあえず今度見学に行くことにしたの」
「え、生徒会に? そっちのほうが心配だわ。気をつけてよ」
「うん、生徒会長にはあまり関わらないようにするつもり」
それからまた夏季休暇中の課題の話などで盛り上がっていると、ミアが時計を見て「あら」と呟いた。
「もうこんな時間。そろそろ帰らないと」
お喋りに夢中になっている内に、いつの間にかだいぶ時間が過ぎていたようだ。
帰り支度を始めたミアが、ふと思いついたように言った。
「そうだ、よかったらこの絵をクリスに渡して。お近づきのしるしってことで」
手渡されたのは、幸せそうな笑顔を浮かべたルシンダのイラストだった。水彩絵の具か何かで色も塗られていて、優しく温かい雰囲気の綺麗な絵だ。
「私の絵なんて、お兄様に渡しても喜ばれるかな……?」
「ふふ、喜んでもらえるはずだから、ちゃんと渡すのよ。それじゃ、また休暇明けに会いましょ」
「うん、また学園で!」
◇◇◇
ミアを見送った後、クリスがルシンダの部屋にやってきた。
「今日はどうだった?」
「すごく楽しかったです! 友達とこんなにお喋りをしたのは初めてかもしれません。今度はミアの家に招かれたので、遊びにいくつもりです」
「親しい友達がいるのが分かって安心したよ」
ほっとした様子でクリスが言う。クリスはクールに見えて、意外と心配性というか過保護なところがある。孤児院から引き取られたばかりの十歳の頃ならいざ知らず、もう十五歳なのだし、友人くらいちゃんと自分で作れるというのに。
(両親があんな人たちだから、余計に心配になっちゃうのかな。そういえば、前世のお兄ちゃんもちょっと過保護気味だったし、兄ってそういうものなのかな……?)
気にしてくれるのはありがたいけれど、そんなに子供扱いしなくて平気なのにと思っていると、クリスがルシンダの手元に視線をやった。
「その紙はどうしたんだ? 彼女の忘れ物か?」
「あ、これは貰ったものなんですけど……」
ミアから貰った絵を裏返して持っていたのが気になったらしい。
ルシンダはどうしようか迷いながらも、結局、クリスのほうへ遠慮がちに差し出した。
「ミアからお兄様にプレゼントらしいです……」
絵を受け取ったクリスは、しばらく無言のまま、真っ白な画用紙に描かれたルシンダの肖像画を食い入るように見つめる。
「私の絵をプレゼントされても困るかもしれませんが……」
恥ずかしさに耐えきれず、ルシンダが言い訳のようなことを言い始めると、クリスがぽつりと言った。
「……いい絵だな」
「えっ……?」
クリスが口元を緩ませ、絵の中のルシンダをそっと撫でる。
「あの両親はルシンダの肖像画を描かせようともしないから、これが我が家で初めてのルシンダの絵だな。……大事に飾ろう」
翌日、クリスの部屋の壁に新しい絵が飾られた。どこからも見やすく、それでいて直接日の光が当たらない、絵画にとって最高の場所。そこで、豪華な額縁に収められた愛らしい少女の絵が温かな笑顔を浮かべていた。
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