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第1話 ゼロの呼び声
午前3時12分。
眠らない街・東京の地下を、制御不能な信号が駆け抜けていた。
都営地下鉄の中央制御室。モニターのひとつが、異常を告げる赤色に染まる。
「……何だ、これ。システムが――乗っ取られてる?」
オペレーターの指が震える。
次の瞬間、メインモニターに無機質なメッセージが浮かび上がった。
“T-01 カウントダウン開始。”
“東京の心臓を、眠らせてやる。”
制御室にサイレンが鳴り響く。
外の世界ではまだ誰も、この都市が“爆弾の上に眠っている”ことを知らなかった。
午前6時15分。警視庁本庁舎、捜査一課特別会議室。
壁一面のモニターに、都内交通網のマップが映し出されている。
赤く点滅する箇所は十を超えていた。
「……まるで、東京そのものが時限爆弾だな」
低い声が静寂を破った。黒瀬鷹真。無精髭をなぞりながら、冷えた缶コーヒーを一口。
「テロ組織〈ノクターン〉の残党だとしたら、手口が派手すぎる。彼らはもっと静かに動く連中だった」
氷室悠真が言葉を継ぐ。メガネの奥の瞳が、次々とデータを追いながら光を反射する。
彼の指先は止まらない。
「通信経路を辿ってる。暗号化が異常に深い……けど、発信源は――都内だ」
「都内?」
椅子に腰かけていた神城蓮が、ゆっくりと顔を上げた。
切れ長の瞳が、スクリーンを鋭く射抜く。
「どこだ?」
「……新宿。副都心の地下鉄路線、B3区画。おそらく、爆弾は――そこだ」
沈黙。
次の瞬間、神城は立ち上がる。
「現場に行く。72時間後に爆発するなら、残されたのは――71時間47分だ」
黒瀬が立ち上がる。
「相変わらずせっかちだな、神城。まだ正式な指示も――」
「止められるなら、止めてみろ」
その瞬間、二人の視線が交差する。
だが、氷室が短く言った。
「行かせてやれ。俺がサポートに回る。──今回は、“予防捜査”だろ?」
会議室の扉が閉まる音が、やけに重く響いた。
東京の空は、夜明け前の灰色に沈んでいた。
そして、その下でゼロディヴィジョンの3人は動き出した。
“事件を、起きる前に止める”──その名の通りに。
午前7時02分。
新宿副都心、地下鉄B3区画。始発前の構内は、不気味なほど静まり返っていた。
蛍光灯の明滅と、遠くの機械音だけが響く。
神城蓮は構内図を片手に歩きながら、足音を殺して進んだ。
「この時間、保守作業員しかいないはずだ……」
そう呟くと、イヤーピースの向こうで氷室の声が返る。
『防犯カメラの映像を確認した。三分前、構内東端で不審な作業員を確認。顔はマスクで不明。工具箱を所持している』
「爆弾の可能性があるな」
黒瀬が短く言い、腰のホルスターに手を添える。
その瞬間、構内奥から金属の落ちる音。
カン――。
神城は反射的に手を上げ、合図する。
3人はそれぞれ柱の陰へ身を潜めた。
「……来る」
黒瀬の声が低く響く。
ゆっくりと現れたのは、オレンジの作業服を着た男。
だがその背中のリュックから、異様な配線が覗いている。
“工具箱”のように見えた金属ケースの中には、緑色のランプが点滅していた。
「間違いない、起爆装置だ」氷室の声が緊張に染まる。
神城は息を整えた。
「黒瀬、右から回り込め。俺が正面を取る」
黒瀬が無言でうなずき、影のように動く。
足音ひとつ立てず、壁際を滑るように進むと、男の背後を取った。
その瞬間――。
氷室の声がイヤーピース越しに響く。
『待て、神城! センサーが反応してる、熱源が二つ――!』
「なに……?」
作業員の背中が、ゆっくりと震えた。
次の瞬間、背後のリュックの中で何かが作動し、耳をつんざく高周波音が走る。
「退けっ!!」
神城が叫ぶと同時に、黒瀬が男を突き飛ばし、神城が覆いかぶさる。
小規模な閃光弾が爆発し、白い煙が構内を覆った。
視界が奪われる中、神城の耳に低い電子音が響く。
ビーッ、ビーッ、ビーッ……。
煙の中で、男が倒れた。
胸のスピーカーから、電子的な声が漏れる。
「ようこそ、“ゼロディヴィジョン”。お前たちは想定内だ」
氷室の声が凍りついたように沈黙する。
そして、音声は続いた。
「東京はもう、眠らない。カウントダウンはすでに始まっている」
次の瞬間、構内の照明がすべて落ちた。
闇の中、緊急灯が点滅し、神城たちの影を赤く照らす。
黒瀬が低く呟いた。
「……始まったな。72時間の戦いが」
神城は拳を握り、闇の中で前を見据えた。
「いいだろう。やるなら、最初から全力だ」
その声は、静かな決意を帯びていた。
東京の地下に、まだ誰も知らない“第ゼロの戦場”が生まれようとしていた。