「いいんじゃない?すっごい青春って感じね!」
「来年は受験だしな…今年こそ勉強合宿になるのか見ものだな。」
あっさり承諾された。
俺から言っといてなんだが、そんなにあっさりOK出されると少し困る。
もしかしたら却下されてシシルと俺の友人バカ三人のエンカウント回避なるか……と思う気持ちもあったのだが、これでは言い訳の材料が無くなってしまった。
いや、回避しようとすればできるのだが、来年は受験期に入り、今年が実質的な『高校生活最後の夏休み』になるかもしれない事を考えると、やはりお盆の勉強合宿を行いたい気持ちのが強い。
その上、もう腹は括ったことだ。正々堂々迎え撃とうじゃないか。
正面の席であからさまな絶望顔をするシシルは、海鮮炒めのエビを持って固まっている。
シシルとも『バレたくない』という利害は一致していることだ。 不安要素は一旦忘れて、楽しむための準備に入ろう。
「というわけで許可が出ました〜はい拍手。」
「ワーイパチパチ!」
なんてやる気のない拍手だろうか。
「もっと盛り上がれよ。」
「いや盛り上がってるさ名雪くんよ!」
「オッケー出たの?ヤッター!」
「今年も一週間くらい泊まってもいいの?」
放課後にコミュ力お化け佐藤、輝く文芸部坊主の加賀、同じ帰宅部のエースに君臨する(自称)楠木の三人こと、3U(ウザ絡み・うるさい・胡散臭い)を中庭に招集し、夏休み勉強合宿開催許可を知らせる。
「ちなみに俺の兄弟なんだけどさ、」
「えっちょっと待って!?」
バカデカ声の加賀が叫ぶ
「なんだよ。」
「いや兄弟いるって聞いてないよ。」
他2人に比べると落ち着いた、3U、胡散臭い担当の楠木にも冷静に突っ込まれてしまう。
そうか言ってなかったか。てっきり言っていると思っていたが、確かにこのことを伝えた記憶がなかった。
「マジで!美鶴兄貴になったの?」
「いやギリ弟になった。」
「えそんな感じせんわ。」
わかる。俺も弟って振る舞いしてないし。
「とにかくその兄弟のことなんだけどな、」
「それで話し続けられるミツルもすごいよね。」
「兄弟って男?女?兄貴?姉貴?」
「ああそれは想像に任せるよ、それでな、」
「いや話し続けるんだ。」
全く話が進まない。チクショウ、忘れずに一言だけでも兄弟の存在について仄めかしておけばよかった。
予想以上に食いつかれて面倒臭いったらありゃしない。
「引っ込み思案だから、うるさいお前らには会いたくないって。」
「なにそれヒドい!俺大人しい文芸部なのに!」
「美鶴くん俺たちのことなんて伝えたのよ!」
「俺はコイツらと違うのに!」
何が違うだよ胡散臭い代表。
ギャーギャー騒ぐ三人をハイハイと宥めつつ、ふと渡り廊下に目を向けると、シシルが突っ立っていた。
困り果てたような顔のシシルは、俺と目が合うとハッとして、走り出す。が、ずっこけた。
カバンが全開だったらしく、勢いよく転けた拍子に中身をぶちまけ、かなり広範囲に散らばっている。
「なに、あれって……誰だっけ、見たことはある。」
「行野獅流。クラスメイトの名前くらい覚えろよ。」
「逆に楠木さんはよく覚えていらっしゃることで。」
「去年同じクラスだったし覚えてるって。」
あれが俺の兄貴だよ。
そう言ったらコイツらはどんな反応をするか。
たとえそんなことを言わなくても、おそらく俺がシシルの方に向かったら、面白がってシシルを担いで持ってきてウザ絡みを始める。
それは俺にとってもシシルにとっても最悪すぎるので、ここは何も反応しないが安パイだろう。
急いでぶちまけたものを回収したシシルは、俺しかわからないようなお辞儀をする仕草をして足早に去っていった。
中庭の茂みには、拾い忘れているペンが落ちていた。
「おかえり」
「ただいま」
シシルとは一本違いのバスで帰ってくると、部屋には救急セットが広げられていた。
転けたときに手を擦りむいたのか、右手親指の付け根から血が滲んでいた。
利き手の怪我だから上手く貼れないらしく、失敗して丸まった絆創膏がいくつも転がっている。
また新しい絆創膏を取り出して貼ろうとする手を引っ掴んで、絆創膏を取り上げる。
「砂ついてんじゃん。手洗ってこいよ。」
帰ってからまだ手を洗っていないらしく、シシルの手は砂っぽく、汗ばんでいた。
部屋から追い出して洗面所に向かわせている間、あまり使ったことのない救急箱の中から消毒液とコットンを探し、ついでにちょっと高い方の絆創膏も取り出す。
「ここ座れ。」
有無を言わさず消毒液を患部にぶっかけ、コットンで拭き取る。すごく沁みそうだが他人事なので容赦はしない。
「いだいいだいいだい!」
「うるさい。」
そのまま絆創膏を雑に貼り付けて、使ったコットンと絆創膏のゴミを捨てると、手を洗いに部屋を出た。
怪我をした患部は洗ってから絆創膏をしないと、敗血症になる可能性だってある。
小学校の頃から何度か教えられたことだというのに、なんで真っ先に絆創膏を貼ろうとしたのか。
あのバカは俺に責任を感じて欲しくないのかもしれない。
あいつが勝手に転んだこと、そこにたまたま俺がいた。それだけのことなのに、なんとなく罪悪感が残るのは俺が繊細なだけ。
そういうのを感じるのが上手いのか、あいつなりに気を使った結果だと思うと、無性に申し訳なく、恥ずかしく感じた。
部屋に戻ると、救急箱はもうしまわれて、絆創膏をいじっていたらしいシシルの背筋がビクッと伸びる。
「剥がすなよ。」
「ウン……ありがとう。」
照れくさそうに笑うシシルを見て、やっぱり嫌いだと思った。
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