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「此処だ」

と最上階のフロアにある玄関扉を有生が開けた。


あまり使っていないせいなのか、まだ木の香りがする。


「お、お邪魔します」

と言いながら、なにもないがらんとした広い玄関に夏菜は入った。


うわ。

これは、このままなにも置かない方がいいような、と夏菜は、すとーんと広く、ただ床も壁も天井も木目だけが見える廊下を見回して思う。


暖かい色のダウンライトに照らし出された陰影の綺麗な廊下を、そそそそ、と爪先立ちで遠慮がちに、有生について歩いた。


有生がリビングのドアを開けてくれると、大きな壁一面あるようなガラス窓から、緑溢れるバルコニーが見えた。


広いリビングには大きな白いソファがひとつ。

続きになっているダイニングには、無垢材のダイニングテーブルと白い椅子。


白い椅子は一見、アイアンっぽいが、これも木だった。


有生はぐるりとリビングを見回し、

「あんまり物がないな。

このままでもいいが、なにか必要なら買い足せ」

と言う。


「私、此処に来るまでは、100均グッズでDIYしてお洒落に飾ってみたいとか思ってたんですけど。

此処に、100均は似合わないですよね~」


そう夏菜は苦笑いした。


「そんなこともないだろ。

やってみろ。


……って、お前、それ全部100均で使うなよ」


買い占める気か、といつの間にか手に握っていた、あの厚みのある封筒を見て有生は言う。




部屋の隅にちょこんと荷物のあまり入っていないキャリーバッグを置いたあと、夏菜は真っ白なソファに腰掛けようとしてやめた。


汚したら申し訳ないなと思ったからだ。

あまりにもモデルハウスな感じなので、自分が住む家という実感がない。


夏菜は迷って、ソファの前に正座した。

有生は、なにやってるんだ、という顔をしていたが。


夏菜がそこに正座しているので、なんとなくなのか、有生も夏菜の前に正座した。


開放感のある大きな窓から燦々さんさんと日は降り注ぎ、冬なのに、ちょっと暑い、と思いながら、二人で黙って座っていた。


「なにしたらいいんだろうな?」

と有生が訊いてくる。


普段、仕事人間なので、こういうとき、なにをしていいのかわからないのかもしれないと思う。

きっと休みの日でも、書類でも見てるんだろうな、と夏菜は勝手な想像をする。


だが、そう思う夏菜自身、

いつもなら、軽くみんなで山を走ってる時間なんだが、社長とふたりきりでなにをしたらっ?

と気まずい沈黙に焦っていた。


しんとした時間が流れる。

防音がしっかりしているらしく、下の道からの音もマンション内の音も聞こえてこない。


……なにか寺で修行している気持ちになってきた。

正座したまま、夏菜は思う。


おのれが無にはなれないが、周りの空間が無になっている。

どうしたら……と惑いながら顔を上げたとき、有生と目が合った。


二人は同時に言っていた。


「100均に……」

「100均に行きましょうっ」


そうだっ。

京都へ行こうっ、くらいの勢いで言っていた。


いっそ、京都まで行った方が時間が潰れてよかったかもしれないが。



黒木が有生の車を持ってきてくれたので、二人で100均に向かう。

駐車場で車を降りながら、夏菜は呟いた。


「……100均の駐車場に止まってるベンツとか見ると、何故、この車に乗ってて、100均とか思ってしまうんですけどね」


「100均にしかない、なにかがあるんじゃないのか?」

と有生は言うが。


100均にしかないなにかってなんだろうな?

と100均好きの夏菜でも思ってしまう。


アイディアグッズ?

お値段を気にせずにポイポイ、カゴに放り込める気楽さ?


などと思っている夏菜の前を今風の若者が振り返って、有生の車を眺めていた。


この人はきっと、今、私と同じことを思っていますねっ。

何故、この車で100均に乗り付けるっ、と!


通りすがりの男に勝手にシンパシーを感じて立ち止まり、有生にかされた。


「ほら、行くぞ」

はいっ、と夏菜たちは、かなり大きなその100均の店舗に入っていった。




「夏菜、見てみろ。

こんなものまで100円だぞっ」


店内に入った有生は早速、身を乗り出し、入ってすぐのところにディスプレイされている手袋や靴下などを眺めていた。


「噂には聞いていたが、どれもこれも100円じゃないかっ」

と有生は当たり前のことを叫んで感動している。


「あのー、社長。

もしや、100均来たことなかったんですか?」

と言うと、


「……あるぞ」

と有生は言うが。


今度は近くにあった観葉植物や鉢を眺め、

「見てみろ、夏菜っ。

これも100円だぞ」

と驚き、反対側を向いて、


「見てみろっ、夏菜っ。

包丁にまな板まであるぞっ。


切れるのか、この包丁っ」

と衝撃を受けている。


……来たことなかったんですね、社長。


「……なんという価格破壊っ」

と呟きながら、店舗をウロウロする有生の後をついて歩く。


「社長が楽しそうでなによりです……」

夏菜は苦笑いして、そう言った。




「いっぱい買っちゃいましたねー」

と夏菜たちはガサガサと音をさせながら、大量のビニール袋を手に部屋に戻った。


「買い占める気かと思いましたよー」


社長が……。


確かこの人、行く前は買い過ぎるなと私をいさめていなかっただろうかと思いながら、ガランとした広いリビングにどっさりビニール袋を置く。


「なんだかワクワクしますね、社長っ」


「そうだな。

早速便利グッズを使ってみよう!」


「そうですね!」


二人は意気揚々とお掃除グッズを取り出したが。


……何処も汚れていない。


有生はカラカラとバルコニーに続く大きな掃き出し窓を開けてみていた。

だが、バルコニーにさえ、塵のひとつもないようだ。


今日住むかもしれないと言うので、誰かが掃除しておいてくれたのだろう。


「夏菜」

「はい」


「汚せ」

何処をどうやってですか……?


うーん、と唸った有生はお掃除グッズを買い物袋に戻し、

「よしっ。

料理しようっ!」

とキッチンの便利グッズをあれこれ並べて、言い出した。


床に置かれたのは、レモンに挿したら、レモン果汁がシューッと出るスプレー。


「なにに使うかな。

やっぱり唐揚げかな」


「いいですね。

美味しそうですね」


「この油の温度を計るのも役に立つな」


「そうですね。

じゃあ、やっぱり唐揚げですかね」


揚げたて熱々の鶏の唐揚げか。

いやいや、カレイも捨てがたい。


どっちも、レモンをシューッとかけて食べたら、じゅわって感じでたまらないだろうなと夏菜は浮かれる。


「鶏がいいかな。

鶏肉も切れるキッチンバサミ買ってきたし」


「あ、いいですねー」


「そうだ。

スキレットも買ってきたぞ」

と有生は可愛らしいスキレットを取り出してくる。


「スキレットに載せるだけで、美味しさ倍増ですよね。

喫茶店のナポリタンみたいなのが食べたいです」


「それ、いいな。

目玉焼きを丸く焼くグッズもあるぞ。


そうだ。

アクもとってみたいな」


「じゃあ、肉じゃがとか。

あ、スープもいいかもですね」


「いいな。

野菜の皮むきたいし」

と有生はこするだけで皮がむけるスポンジを取り出してくる。


こうして100均グッズに操られながら、メニューは決まった。

そこで二人は笑顔のまま、お互いの顔を見つめる。


「……で、誰が作るんだ?」

「料理の本も買ってくるべきでしたね……」


「待て待て。

最近はタブレットとスマホという素晴らしいものがあるじゃないか」


そう言いながら、有生はゴソゴソと買い物袋から透明でスタイリッシュなタブレット立てを出してきた。


「これで検索して、レシピを見ながら二人で作ろう」


「すごいです、社長っ。

まるですべて考え尽くして買ってきたみたいにそろってますよっ」

と夏菜は手を叩く。


あの店の店員が聞いていたら、

「いやいや。

あなた方、店買い占める勢いで買ってったから、そりゃなんでもあるでしょうよ」

と苦笑いしていたことだろうが。


タブレットでレシピを検索したあと、寝転がれそうなくらい広い家具調のキッチンの上に100均のタブレット置きを置いてセットした。


「よしっ」

と言った有生の横に、アシスタントのように立つ夏菜は呟いた。


「そういえば、材料がないですね」

なにもなく美しい家の冷蔵庫の中もなにもなく美しい。


「……スーパーかな」


「スーパーですよね」

と呟き、二人は困惑する。


スーパーかあ。

買い出しについて行くけど、いつも、


「夏菜さん、しらたき取ってきてください」

「はいっ」


「カレーのルーもお願いします。

中辛で」


「はいっ」

を繰り返しているだけだ。


「スーパーって、スーパーの達人みたいなおばちゃんやママさんがたくさんいるので、気後きおくれしちゃうんですよね……」


「……俺もだ」

「そういえば、夜10時ごろ行ったら、空いてましたよ」


「10時まで待つか」

正気ですか? と加藤辺りが言ってきそうなことをふたりで呟き合う。


「ハードル高いな、スーパー」

「でも、コンビニじゃ、野菜もあんまりありませんしね」


仕事のこと以外ではいまいち計画性のない二人は、覚悟を決めて、ふたたび買い物に出た。



今夜、あなたに復讐します

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