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広い庭を掃きながら、加藤は白い息を吐いて山を見上げる。

今日も誰かが罠に引っかかってるかな、と思いながら。


「静かですねー」

と後ろから声がした。


今日、山のような洗濯物を手にした雪丸が立っていた。

一日に何度も汗まみれになる男たちがいるので、幾ら洗濯しても追いつかないのだ。


「夏菜さんはどうしているでしょうね。

もっといろいろ教えておけばよかったと後悔ばかりですよ」

と加藤は溜息をつく。


「まさかこんな急に縁談がまとまるとは思ってなかったので」

いつまでも子どもだと思っていたのに」


ははは、と雪丸が笑っていった。


「加藤さんは夏菜さんのお母さんみたいですねー」


「手伝いましょうか」

と微笑む加藤と二人で洗濯物を干した。




「なにかこう……

やり遂げましたね」


「そうだな。

やり遂げたな」


あれから二人はスーパーで食材を買って、100均グッズをつかって料理を作り、バルコニーのテーブルに100均で買ったお洒落なランチョンマットをセットして、お昼を食べたのだ。


立派なお皿が食器棚に用意してあったのだが。

100均のランチョンマットの上に置いても、そう違和感はなかった。


しかし、やり遂げた感で満たされている夏菜は知らなかった。

有生が、二人で協力して困難を乗り越えたので、ちょっとは愛が深まったかな、と思っていることを。


何故なら、そのとき、夏菜が頭の片隅で考えていたのは、

この家、鍵のかかる部屋はあるのだろうかな……?

ということだったからだ。


夏菜は100均で防犯ブザーを買ってこなかったことをちょっぴり後悔していた。

いや、この家で鳴らしても、防音がしっかりしているので、何処にも聞こえないかもしれないのだが。


でもまあ、社長は、そんなご無体なことはなさらないかもですけどね、と思ったとき、

「よしっ、食器を片付けるか」

と有生が言ってきた。


「はい」

と夏菜は立ち上がる。


強すぎないいい風が吹いている。

冬の日差しの降り注ぐ中、夏菜は、うーんと伸びをした。


社長と二人きり、どんなに緊張するかと思ってたけど、今のところ楽しいなと思いながら。




食後、夏菜たちはぽかぽかと日の当たるリビングで、100均グッズを並べて、ああだこうだ言っていた。

しかし、夏菜は不思議な音に気がついて、辺りを見回す。


「どうした?」

と有生が訊いてきた。


「いえ、何処からか、民衆の叫びが」

「民衆の叫び?」


「フランス革命を前にした民衆の雄叫びのような声が聞こえるんです」


「……お前はフランス革命を前にした民衆の雄叫びを聞いたことがあるのか」

と言われながら、夏菜はウロウロと室内を巡って歩いた。


が、それらしき音はもう聞こえてこなかった。

もしや、外からの音だろうか、と思ったのだが。


掃き出し窓を開けて、バルコニーに出てみても、もうそのような声は聞こえてはこなかった。


下を覗いてみても、普通に人や車が行き交っているだけだ。

なんとなく、下の道に民衆が押し寄せて来ているような気がしたのだが……。


「おかしいですね。

なにもなかったです。


マンション立ち退けーって叫ぶ人たちもいませんでしたよ」

と言いながら戻って、


「……当たり前だ。

このマンション、こう見えて、結構前から建ってるからな」

と言われる。


外観も綺麗に管理されているので、新築のように見えるが、すでに新築というわけでもないらしい。


「そうなんですか?」

と言いながら、夏菜は、今、バルコニーから見た景色にも、やはり見覚えがあるな、と思っていた。


有生の前に戻って、ぺたりと座る。


床暖ゆかだんあったかい、と思いながら、黒いワイヤーやワイヤーバスケットを眺め、これ、なにに使おうかなーと考えていたとき、また、


おおおおおお……

という民衆たちの叫び声が聞こえてきた。


夏菜は今度こそ、声のする方に歩いていく。


そこはキッチンだった。

動いているものは食洗機しかない。


夏菜は食洗機に耳を寄せてみた。


「社長っ」

と慌てて叫ぶ。


まるで兵士が隊長を呼ぶように。


「愚民どもが此処から叫んでいますっ」

「……お前、どの立ち位置でフランス革命を語ってるんだ」


昔、従妹のおねえちゃんに借りたマンガのせいですよ、ええ……。



どうやら、モーターの駆動音が、湧き上がる民衆の雄叫びに聞こえたようだった。


「そうか。

食洗機ないもんな、お前んとこ」


有生とふたり、黒いワイヤーで小物を作りながら語り合う。


「道場こそ大人数なのに、食洗機があった方がいい気がするが」


「いや~、それも修行の一環なんじゃないかと思うんですよね。

死んでもやりたくないことをやるっていうのが」


「……そんなに嫌いなのか、茶碗洗うの」


そんな話をしながら、夏菜はなんだかわからない、うねうねしたものをワイヤーで作り上げ、仕方がないので、ちょっと丸くして、

「ブレスレットです」

と誤魔化したが。


有生はアクセサリーが引っ掛けられるトルソーのようなものを立派に作っていた。


「ほら、使え」

と渡される。


「あ、ありがとうございます」

と言いながらも、


100均一年生なのに、社長めっ。

ちょっと悔しいですっ、と夏菜は思っていた。


大嫌いだ、なんでもできる人なんてーと思いながらもありがたくおしいただいて、


「此処、お前の部屋にしろ」

と言われた、まだ、シンプルなベッドがひとつしかない部屋の窓辺に飾ってみた。




ワイヤーで工作をしたあと、有生は夏菜がバッグに入れていた文庫本を借りて、ソファで読んでいた。

ふと足許を見ると、夏菜は何故かおろし器をつかんで寝ている。


これでなにを作ろうかなどと考えながら、慣れない此処での生活に疲れて寝てしまったのだろう。


有生は、ソファに寄りかかり寝ている夏菜の顔を覗き込む。


……気持ちよさそうに寝てるな。

なにかかけてやらねばと思いながらも、動かず、夏菜の顔を見つめていた。


広田辺りが見たら、

「色気が足らない」

と切って捨てそうな寝顔ではあるが。


今の自分には例えようもなく可愛く見えていた。

例えるなら、出張先ですぐ近くにあったので、仕方なく入った地下の喫茶店のメニューのような可愛さだ。


『雪の日にふわりと舞い降りた天使の羽ばたき』みたいな、と例えようもないと言いながら例えつつ、夏菜の顔を眺めていると、ふと、頼久の言葉が頭に蘇ってきた。


「いいか。

くれぐれも言っておくぞ。


一緒に住むのなら、絶対に夏菜には手を出すな」


試されているっ、と有生は固まった。

俺は今、試されているっ!


今、俺は人生最大の岐路に立たされている気がする。


俺の人生に此処までの選択肢が現れたことはなかったっと指月に、

「いやいや、仕事のときはどうなんですか」

と言われそうなことを思いながらも、有生は夏菜の側に手をつき、少し身を乗り出してみた。


真上からその白くて小さな顔を眺める。

そのとき、ぱち、と夏菜のまぶたが本当に音を立てて開いた気がした。


眠り姫が目を覚ましたようだが。

この眠り姫は目を覚ました途端にキレた。


「い、今、私をろうとしましたねっ」


なんだかわからない緊迫した気配を感じましたっ、と言い出す。


確かに緊迫していた、と有生が思っていると、

「や、やっぱり私を騙したんですねっ。

結婚するとか言って、油断させて、貴方に復讐しようとしていた私を始末しようとっ!


おかしいと思ったんですっ。

貴方みたいな人が私なんかと結婚するとかっ」

と言いながら、夏菜は側にあった鞄をつかむと、飛ぶような勢いでいなくなってしまった。


目の前から消えたと思った次の瞬間には玄関扉がバタンと閉まる音がしていた。


突然の展開に、一瞬、茫然としてしまった有生だったが、すぐに、

「待てっ。

夏菜っ」

と追いかける。


下に下りると、夏菜はもうかなり先を走っていた。

その後ろ姿を追いながら、このスピードでは夫婦でランニングとかには見えないだろうし。


通行人から見た俺は、婦女子を追いかけ回す変質者ではなかろうか。


通報されるっ!?

会社の信用がっ、と思いながらも夏菜を追うことをやめられずに、有生は夏菜を追って走った。




今夜、あなたに復讐します

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